幸福度1位と51位?(国連のものさし、この国のものさし)

幸福度1位と51位(国連のものさし、この国のものさし)
 
 国連の発表で、日本は幸福度が世界で51位だというのです。こんな馬鹿げた順位を報道すること自体馬鹿げている。しかし、新聞は一面で報道します。
 報道を真に受けて向かう方向が、この国が大切な個性を失い、特に幸福に関する西洋とは違う独特のものさしを失う方向のように思えるので、余計腹が立ちます。
 安心して子育てができる、いい国だったのに、と思うのです。
 幸福度で日本の上位にいる国から、犯罪率が日本の5倍以上の国、徴兵がある国、独裁国家を除けば、それだけで日本は第1位になるのではないかと思います。犯罪とか家庭崩壊、モラルや秩序に関わる数字を比較しても、日本が真似るべき国など民主主義という仕組みの中では存在しないはず、とさえ思えます。(民主主義、それが人類にとって何なのか、完成している国はない、その形さえ試行錯誤中なのかもしれませんが、自由に立候補、投票できる権利、言論の自由は最低限の条件、と私は考えています。)
 生前アインシュタインが来日した時、「日本では、自然と人間は一体化しているように見える」と言って感激したという記録が残っています。当時、先進国の中では、調和が際立って美しかった国が、欧米流の競争社会と個人主義の幸福論で崩れてゆく。欧米社会のモノサシが本当にいいのか、国連の言う幸福度が高い国の人々が、本当に幸せなのか、概念だけではなく、真面目に見極める時期に来ていると思います。
 テロ、人種の軋轢、犯罪率、排他的差別主義の復興、決して日本より安全でも平和でもない、むしろ混迷の方向に向かっている欧米の現状を見ていると、欧米コンプレックスはいい加減に捨てて、私たちが大切にしてきた価値観を再確認してみる必要があると思うのです。
 
 順位が1位になっているノルウェーには徴兵制と兵役があります。そのことだけでもマスコミは同時に報道すべきだと思います。そうすれば、みんな「えっ!」と思うはず。順位をつけた人たちのモノサシに疑いを抱くはず。
 人生の14ヶ月を兵役で国に拘束され、銃を持ち兵士としての訓練を受ける。国の命令に従うことを仕込まれる。その種類の兵役が嫌な人には別の方法が用意されていますが、だいたい期間が延びる仕掛けです。
 徴兵に幸せを感じる人もいるでしょう。でも、宮沢賢治や良寛さま、マザー・テレサやガンジー、幸福の求め方、その測り方を真剣に追求し、非暴力や平和、人々の調和に幸せがあると見極めた人たちは、(私の好きな人たちは)「徴兵制と兵役」には顔をしかめるはずです。
 
 徴兵制や兵役は基本的人権を放棄することです。そうでなければ「軍隊」という仕組みが成り立たない。徴兵制があることで、社会秩序が保てると言う人もいます。確かに一体感が育ち、礼儀を身につける効果はある気がします。徴兵して一年間野球やサッカー、体操を教えるならばいいかもしれませんが、兵役は人間に戦い方を教えるのが基本です。ノルウェーでは、女性がレイプにあう確率が日本の20倍。殺人事件の被害者になる確率が2倍、泥棒に入られる確率が4倍。兵役で保てる社会秩序以上のモラル・秩序の崩壊が並行して進んでいる。兵役のせい、というよりも、家庭崩壊が原因だと思いますが、犯罪率が高いということは、加害者も被害者も、不幸になる人がそれだけ多いということだと思います。
 どこの学者が創り出したか知りませんが、こんな奇妙な偏った幸福度のモノサシは無視していればいい。私も、そうしたい。しかし、発表したのが「国連」です。だから日本でも全国紙の一面で報道されました。一番問題なのは、その基準を誰も批判しないことなのです。
 
 一体、どうなっているのでしょう。やはり、考え込んでしまいます。

           201504081049000

 
 幸福度は、もっと身近な体験で測られるべきものだと思います。
 我が子の生まれて初めての笑顔を見た瞬間や、一緒に手をつないで散歩をしたり、肩車をしたり、子どもが運動会で頑張ったり、受験に受かったり、普通は、そういう瞬間に測るものでしょう。それを数えられないなら、その機会が多い、家族や家庭という形がよりしっかり残っている国が評価されるべきだと、私は思います。それは種の存続に関わる、「進化につながる幸福感」だからです。
i mages-6
 親が、自分が生みだした奇跡とも言える「命」を守り、その成長を楽しみ、祖父母が孫を眺め、子どもが親や祖父母に感謝する、という「進化につながる幸福感」の源を感じる人が、比率で言えば、日本の何倍も少ない国がなぜ、なぜ日本より幸福度の高い国になるのでしょう。
 ノルウェーという、家庭崩壊が日本の何倍にも進んだ国では、父親が子どもを、祖父母が孫を体験する機会が急速に、また不自然に減ってきている。あくまで、確率の比較ですが。
 
 13歳から始まる低年齢のシングルマザーが問題になり、傷害事件の被害者になる確率が日本の15倍、ドラッグ汚染率が5倍というデンマークが、この国連の幸福度調査では第2位になる。
 傷害事件やドラッグの汚染率がこれほど高いということは、不幸な若者が多いということだと推測します。
 どこかで、幸福に関する定義が完全にずれています。しかも、そこに作為があると思います。競争に参加していないと不幸なんだ、という誘導がある。国連は実はパワゲームやマネーゲームの巣窟なのかもしれない、と思うことがあります。 この幸福の測り方の「ずれ」が人類全体を危険な方向に引っ張っているのを感じます。
(デンマークについては以前、ブログ、http://www.luci.jp/diary2/?p=976 に少し詳しく書きました。)
 
(国連がパワゲームやマネーゲームの巣窟かもしれない、という感覚は、あそこで働いたことのある人なら理解できるはず。開発途上国の小さな村から、先進国のウォールストリートまで、あらゆる種類の階級制度と闘争を目の当たりにできる仕組みです。「平等」を基軸に作られたように思える特殊な職員の構成制度によって、格差とそれに誘発される生々しい闘争を視覚的にも、肌触りとしても見せてくれる世界で唯一の場所かもしれない。幸福観のずれをパワゲームで統一しようとしている、人類の選択肢を減らしてしまった大きな流れを感じます。)
joseph1
 
 仏教でも、キリスト教でも、欲を持たない人は幸せになりやすいと言います。そういう人が多いことが、社会全体の幸福度を保っていた。
 欧米社会が幸福観の柱にしてきた「聖書」も、子どもの心を持てば天国に近づく、と言います。私は、こうした聖書の教えや、仏教の易行道(いぎょうどう)について考えていて、「頼り切って、信じ切って、幸せそう」な4歳児を一番完成している人間とひとまず決めました。幸福に関する「ずれ」を修復するために、一番簡単に幸せになれる人たちを眺め、その人たちの横に座り、その人たちと心を合わせることを目標にすべきだと決めました。
 学校教育、特に義務教育・公教育はとても最近のそれこそ未知の仕組みです。それ以前、人間は幼児を育てることで自らの人間性に気づき、そこに隠された幸せの可能性に導かれていた。
 幼児を拝み、その存在に感謝し、彼らの幸せを眺めることで人間は幸せになる。その歯車を体験的に知ることは、自分が幸せになれる可能性の広さと大きさを確認することでした。その繰り返しが進化を支える術として遺伝子に組み込まれていることを知り、人間は自分に納得するのでしょう。
 
 日本は欧米に比べ、家族という形がまだ強く残っている国です。子どもの幸せを自分の幸せと感じことができる国です。地震があっても暴動や略奪が起きない、徴兵制度もない素晴らしい国に、なぜもっと自信を持たないのか、と思います。
 新聞の一面で報道される、異国、異文化、異次元の「順位」を眺めながら、その次元で「順位」を考えること自体に不幸がある気がしてならない。権力争いや利権争いの基準に取り込まれてはならない、と思うのです。
images-1
 IMG05331
 アメリカにギャラップ社という調査会社があります。有名な老舗の、数字を示すことで生き抜いてきた調査会社です。
 そこの、幸福度調査では、17年度、一位がフィジーで、二位が中国とフィリピンです。(ちなみに去年は、一位コロンビア、二位フィジーとサウジアラビア)
 フィジーには少し興味がありますが、中国は長く住んでみたい国ではありません。一党独裁のこのままでは絶対に続かない国です。子育て、ということから言えばフィリピンの治安にも問題あります。ミンダナオ付近にはまだ自動小銃を持ったゲリラがいる国ですし、貧富の差も激しい。サウジアラビアはつい最近まで女性が運転免許証さえ取得できなかった国なのです。
 でも、こちらの調査結果の方が作為的な感じがしない分、信頼できそう、とも思います。分母の問題はありますが、ある種の質問をぶつけるとこうなる、ということはわかります。どうしてそういう順位になったのか考えてみる価値あり、だと思います。文化や伝統の異なる国で、「幸福度」を比較することは馬鹿げている、というのがギャラップ社の数字から引き出せる結論かもしれません。しかし、こういう調査にはたしかに意味があります。
 (学者のやる調査の多くに意図的な誘導や作為がある。そして言語を超えた調査にはニュアンスの違いを余程理解していない限りあまり意味がない、という文章を以前ブログに書いたことがあります。http://www.luci.jp/diary2/?p=2004 大学で教えている授業などは、教授のキャリアの違いから起こるモノサシのぶつけ合い、調査無法地帯のぶつかりあいと言いたいくらいで、そういう学問から、国の保育ニーズ調査にも載せられていた厚労省の「子どものショートステイ」(http://www.luci.jp/diary2/?p=1150)や、「待機児童」という本人たちの意思を無視した言葉が生まれているのです。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です