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        <title>シャクティ日記</title>
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        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2012</copyright>
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            <title>保育者必見！共励保育園の保育展　２月１９日、９時から３時です。</title>
            <description><![CDATA[　ここに情報が載っています。http://www.kyorei.ed.jp/cn1/pg113.html<div>　長田安司園長（理事長？同志？）と共励の保育士たちが、保育とは何か、を人類に問いかける毎年のイベントです。保育は、ここまで行ける、それを知ることで勇気が湧きます。</div><div>　私も、長田先生からは様々なことを学び、これからも学び続けるつもりです。</div><div>　保育関係者、教育関係者、行政、政治家、みんなに見て欲しい保育展です。</div><div><br /></div><div><span class="Apple-style-span" style="font-family: 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', Osaka, sans-serif; font-size: 12px; line-height: 16px; "><img src="http://www.kyorei.ed.jp/_src/sc2225/95DB88E793W.jpg" width="795" height="315" alt="保育展.jpg" style="vertical-align: bottom; " /></span></div>]]></description>
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            <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 20:47:38 +0900</pubDate>
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            <title>言葉、翻訳、古さと次元２</title>
            <description><![CDATA[　１５０年くらい前に、日本で，欧米語の翻訳という過程で「社会」とか「自由」という言葉が現れ、使われるようになった時に、本来「ある」もの（語らずともよいもの）が人為的なもの「概念？」になり始めたような気がします。一見広い範囲を持つように思われる「概念」が現実と混同され、TPOまたは趣味と都合によって中身（意味、共通理解）にばらつきがでてくる。宇宙の意識が，人間の意識の枠のなかに治まると思ったのが、解体され、人間の意識を一体に保つ役割りが希薄になってくる。体験から生まれるはずだった「言葉」が一人立ちして、人の意識を支配するようになると、人間は宇宙の意思によって作られたことを忘れて、だから、いまこれほどシステムにこだわるのか。水増しされ膨張しすぎている学問が加わると、言葉を発しないひとたち物たちとの会話がないがしろになってゆく。<div>　以前、沈黙との対話が人間の絆を支えていたことが、記憶の中でぼやけてくる。</div><div>　フィギアと話し始める若者たちは、ひょっとして人間性を守ろうとしているのかもしれない。</div><div><!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　品川で、クリスマスプレゼントに保育士体験を親に頼む子どもの話を聴いた。子どもたちは自分の親を自慢したい。親たちに園での生活を自慢したい。その気持ちを大切にすれば，利害関係ではない絆が自然に生まれるはず。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　子どもたちは何か出来るようになるのが嬉しいのではない。出来るようになったのを親に見てもらうのが嬉しい。それに気づいた時に、損得ではない関係の心地よさに親たちが引き込まれていゆく。</span></p><p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" face="Osaka"><br /></font></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka"></span></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/_DSC6918.jpg"><img alt="_DSC6918.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/assets_c/2010/04/_DSC6918-thumb-400x265.jpg" width="400" height="265" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span><p></p>

<!--EndFragment-->


</div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2012/01/post-134.html</link>
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            <pubDate>Tue, 24 Jan 2012 07:46:09 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>言葉、翻訳、古さと次元</title>
            <description><![CDATA[<!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal" align="left" style="margin-bottom:9.0pt;text-align:left;
mso-pagination:widow-orphan;mso-layout-grid-align:none;text-autospace:none"><span style="font-family:Osaka;mso-font-kerning:0pt">　保育という言葉で言い表せないのが「子育て」。しかし、それは表裏一体のもの。保育の歴史は１００年にも満たないのですが、子育ての歴史は二億年？<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p>

<p class="MsoNormal" align="left" style="margin-bottom:9.0pt;text-align:left;
mso-pagination:widow-orphan;mso-layout-grid-align:none;text-autospace:none"><span style="font-family:Osaka;mso-font-kerning:0pt">　最近「社会で子育て」ということが言われます。「社会」という言葉、定義さえ日本という国にはつい１５０年前までなかった。子育てが醸し出す空気そのものが「社会」だったのかもしれません。よく使われ、そろそろ私たちはそれに縛られている観のある「自由」という言葉も、福沢諭吉が「フリー」「リバティー」という言葉を翻訳する時に悩み抜いて当てはめた仏教用語、すごい翻訳だと思います。欧米のようにはなってはいけない、という無意識の意識さえ感じます。欧米の「自由＝フリー、リバティー」は権力闘争の中で使われた、主に特権を意味する言葉です。「子育て」のある次元とは、古さも存在理由も違う。<span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></span></p>

<!--EndFragment-->


 ]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2012/01/post-133.html</link>
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            <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 11:06:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>シャクティからのクリスマスカード</title>
            <description><![CDATA[ <div><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/final.jpg"><img alt="final.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/assets_c/2011/12/final-thumb-500x333.jpg" width="500" height="333" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></div><div>信頼関係とは、理解することではなく、理解しようとすること。</div><div><br /></div><div>子どもを生み育てるということは、人間が宇宙から与えられた最も尊い仕事であったはず。それは宇宙との対話であって、自分自身を体験することでした。生きている自分を実感し、その意味を理解する道でした。自分の価値を知ることで人間は納得します。</div><div>もっと尊い仕事は、子どもが親たちを育てること。それは宇宙の動きそのものでした。自分自身を体現し、一人では生きられないことを宣言し、利他の道を示すこと。知ることは求めること、と気づいたひとたちを癒すために。</div><div><br /></div><div>親が子どもを育てることは、人間の本能と意思がそれをさせている。</div><div>無心に生きる幼児が親を育てる風景は、宇宙の意思と姿がそこに現れている。</div><div>

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size:10.0pt"><b>&nbsp;</b></span></p>

<!--EndFragment-->


</div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/12/post-132.html</link>
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            <pubDate>Mon, 26 Dec 2011 09:01:18 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>トルコからの手紙、完結編</title>
            <description><![CDATA[<!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　私の教え子で、ご主人の海外勤務のためトルコに４年いた里ちゃんが来年一月帰ってくることになりました。</font></span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　保育と発達をテーマに博士論文を書いている里ちゃんは、本来理論派ですが感性が鋭く、トルコ語も積極的にマスターし、「昔から続いてきた子育てと人間社会の関係」について、生き生きとした報告をイスタンブールから送り続けてくれました。私と似た目線で人間の育てあいや役割りを見るひとでした。思考スタイルも共通していて、まるで自分がその場に居て見ているように感じたものでした。</font></span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　ご主人が、一流企業に勤めているにもかかわらずトルコ人と一緒にサッカーすることに熱中しているような人だったことも、きっと里ちゃんの感性を横から助けたのだと思います。</font></span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　トルコで第一子</font></span><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(0, 0, 0); font-size: 14px; ">菜々ちゃん</span><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(0, 0, 0); font-size: 14px; ">を出産したおかげで、トルコ人の（または昔の人の）赤ん坊に対する目線を肌で感じ、その目線に包まれて育つことの意味を社会の空気の中に実感したのだと思います。これが、最後の手紙かもしれません。短いですが、しめくくるに相応しい文章でした。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><br /></font></span></p><p class="MsoNormal"><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(0, 0, 0); font-size: 14px; ">（里ちゃんのメール）</span></p><p class="MsoNormal"><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(0, 0, 0); font-size: 14px; ">　菜々はすっかり、「全ての大人は自分を愛してくれるもの」だと思っています。</span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　トルコ人から愛情を受けるのが当たり前になっている彼女。</font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><o:p></o:p></font></span></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　ありがたいやら、今後がおもいやられるやら。</font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><o:p></o:p></font></span></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">　そして改めて、トルコ人がどんな状況でも、祖国や自分、家族といった自分の基盤となる部分を積極的に肯定し、是が非でも守る理由がわかります。幼い頃、こんなに誰にでも愛されていれば、何があっても自分を否定しない。人や自分を愛する力がつくんですね。</font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><o:p></o:p></font></span></span></p>

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">&nbsp;<o:p></o:p></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">里映</font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><o:p></o:p></font></span></span></p>

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US" style="font-size: 13pt; color: black; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">&nbsp;</font></span></p>

<!--EndFragment-->


 ]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/12/post-131.html</link>
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            <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 21:27:36 +0900</pubDate>
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            <title>円空展</title>
            <description><![CDATA[　埼玉県立歴史と民俗の博物館で円空展を見ました。（http://www.saitama-rekimin.spec.ed.jp/?page_id=232）１１月２７日までやっています。お薦めです！<div>　1000円で販売している図録、小さな物も大きく見えて、すべてカラー写真です。<br /><div><br /><div>　１５０体近く揃っていますから、一人の人間の人生が見えるようです。円空はずいぶん埼玉を歩いているのです。いわゆる円空っぽいものだけではなく、柔らかく丸い、ほっこりと温かい、シルエットを眺めているだけでも安心する、心の中に座りがいいのがいくつもありました。並べ方も良かったです。これの次にこれがあって、これがこの二つの間にあるから、という心のこもった配置でした。</div><div>　自分のために彫ったのではない。お金のために彫ったのでもない。ひょっとしてもうこの国では通用しない生き方かもしれません。木喰行の行者ですから、おいしいご飯を期待して彫ることもなかったでしょう。（木喰行は火を通したものを食べません。）</div><div>　この生き方を選ぶということは、当時でもちょっとした変人でしょう。変人が、尊敬される生き方を選択できる社会がつい最近まであった。いま、選択肢が一見多いように思える日本で、実は生きる道を選ぶ選択肢がなくなってきている。平等という言葉の怖さを感じます。たぶん変人であることが辛くなくなってきたということでしょうか。広く薄く、自分自身でいることが難しくなってきているのです。</div><div>　円空は行者ですから、たぶん祈祷もしたでしょう。雨乞いや治水などもしたのでしょう。日本の昔話にはなまけものが主人公のものが多くて、それはこの国の懐の広さだと思いますが、その次元で考えるたびに、０歳児との会話が広げる世界を思うのです。３歳くらいまでのちょっと理不尽で非論理的な「子育て」という役割りが社会に「そのままを受け入れる」寛容さを生んでいたのではないか、と思います。受け入れるだけでなく、変人の存在意義に気づく、役割をまわりが創り出す、それが本来の人間社会です。０歳も人間、１歳も人間、２歳児も人間、という感覚が薄れた時に、人は本来のコミュニケーション能力を失い、人類はその進化の目標を失うのかもしれません。</div><div><br /></div><div>　歴史と民俗の博物館は、私の好きな建物です。半分地面に埋まっています。六十年代のものは音楽もいいけれど建築もいい。現代建築が自然と一体になっていた時代かもしれません。それだからこそ、少し禅的な日本の文化からいい建築家が生まれたのでしょう。</div><div><br /></div><div>　完璧でない人間と「幸せ」の関係について円空に囲まれながら考えました。</div><div>　補いあう心、国境、宗教、言語、沈黙。</div><div>　仏教にアニミズムがプラスされる意義を感じます。</div><div>　日本では、仏教＋神道＋アニミズムでしょうか。中国では、道教＋仏教＋アニミズム、「千と千尋の神隠し」の世界でしょうか。アイスランドなどに残っているキリスト教＋アニミズムの世界もまた寛容です。厳しさに立ち向かうための人間の知恵だと思います。</div><div><br /></div><!--StartFragment--><!--EndFragment-->



<div>　十代のころ、円空を知る前に、私は同じ木喰行者の明満上人の仏像に出会いました。「木喰さん」と呼ばれるこの人が彫った十六羅漢が京都の八木町清源寺にあって、宅間英夫さんに連れられて行ったのです。和尚は大酒飲みで、時々畦道で寝ているような人でした。</div><div>　</div><div>　<br /><div style="text-align: center;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/f32ab2a09bdfda955ba948c8396e4152.jpg"><img alt="f32ab2a09bdfda955ba948c8396e4152.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/assets_c/2011/11/f32ab2a09bdfda955ba948c8396e4152-thumb-250x348.jpg" width="250" height="348" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></div><!--StartFragment-->



<!--EndFragment-->


<div><br /></div></div></div></div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/11/post-130.html</link>
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            <pubDate>Fri, 04 Nov 2011 12:54:05 +0900</pubDate>
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            <title>北の街で</title>
            <description><![CDATA[　北の街へ講演に行きました。会場は、大きなお寺の本堂でした。<div>　古くはないですが、ちょっとびっくりするくらいの大きさで、人間の作った空間は大きさでじゅうぶんその神聖さや人間の意思みたいなものを表現出来るんだ、とひさしぶりに思い出しました。市長さんと教育長さんが最前列にすわっていました。それもまた私にとっては実感できる大切な「何か」でした。<div>　懇親会があって、二次会に誘われました。</div><div>　街の短い繁華街の、細い階段を登っていく倶楽部でした。倶楽部とかスナック、キャバレーとかバー、といった区別は、３年に一度しかそういうところに登ってゆく機会のない私にはわかりませんが、とりあえず倶楽部としておきます。横に、ドレスを着た女の人がすわりました。とてもなじみのある顔でした。にこっと笑いました。その人は、お寺の本堂の講演の時、真ん中に座っていた人でした。栗色の髪を仏塔のように積み上げていたので、自然に何回も目がいってしまい覚えていたのです。いいタイミングでおおらかに笑ってくれる人でした。</div><div>　アメリカで言えば３人に１人にあたる未婚の母なんです、と講演の内容にくっつけて、その人は、今日は空が青いですね、というような感じで私に言いました。友だちに会ったような気がしました。保育園でずっと役員をしているのだけれど、土曜日の役員会にはいつも仕事で出られないので、役員会の結果に同意しますという手紙を毎週書くんです、と元気に言いました。そして、色んな話をしました。</div><div>　その人は倶楽部のマネージャーで、バイトで働いている、昼間は保育士をやっている女の子が最近職場で悩んでいるので聴いてくれない？と言うので、いいですよ、と言うと電話をかけてさっそく呼んでくれました。保育士ホステスさんは、ちゃんと他の若手も着ているチャイナドレスに着替えて私の前にすわりました。わかっていたからかもしれませんが、その顔はどうみても上等の保育士さんでした。</div><div>　悩みは、１・２才児を見ているのですが、泣いているから抱っこしたいのに、先輩が抱き癖がつくからなるべく放っておくように、そして、まだあまり持てない子にスプーンを持たせたり無理に色々教えようとするんです、ということでした。母性が仕事とぶつかってしまっている、人間が専門家と摩擦をおこしているのです。これが、実はけっこう辛いのです。</div><div>　福祉の一番深い問題点を北の街で目の前に差し出されて、今夜は月がきれいですね、という感じの静けさで答えるのはなかなか難しいものです。私は１０秒くらいゆっくり考えて、子育ての仕方は色々ある、それが親によって継続的に親も子どもも育ってゆくルールの中でだったらどちらの方法でもかまわないと思う、ただ、毎年育てる人が入れ替わったり、一日の中で複数の人が乳幼児に関わる状況の中でこうした子どもをみつめる目線に違いがあるのは本当はよくないのです、しかし、いまの仕組みにおいては必ず生まれる宿命のような根源的な問題ですね、と解説をしました。母性が仕事とぶつかった場合には、自分の母性を信じて下さい、とアドバイスしました。くれぐれも自分を変えないように。直感を鈍らせないように。私たちの会話を、横で市長さんが聴いていてくれたのが嬉しかった。こういう人間性と、人間の作った仕組みとの闘いの狭間に「保育」があるのです、そこで子どもたちが育っていくのです、という説明をしました。</div><div>　実は、講演会のあとにお寺で、私の人生にとってとても大切な小学校の時の同級生に会いました。おたがいに、なんでここにいるの？、という感じでした。こういう瞬間があるから学校は凄い、と思いました。あの時代に、駆け引きのない、利害関係とはかけ離れた人間同士の絆が生まれる。そして、それは一生続く。小学校でも、中学校でも、必ず私には一生考え続ける大切な人が必ず一人いました。子どもの頃で済まされない、それだからこそ人生の貴重な１ページになって残り続ける絆があるのです。取り戻すことはできなくても私の一部となっている瞬間があるのです。少なくとも私にとって、学校がなかったら人生はずいぶんつまらないか、厚みのないものか、強烈に運だよりになるか、心底ドキドキしないものになるような気がするのです。その人がそこに立っていてくれたおかげで、私は学校に一番自分が望んでいたことを思い出したのでした。その時の担任の佐伯先生が少し前に亡くなったと、その人が言いました。五ヶ月前に、佐伯先生のことをふとこのブログに書いたことを思い出し、彼女にそういいました。佐伯先生のクラスは特別だね、と彼女は笑いました。他のクラスを体験したことがないのに、私も絶対にそうだ、と頷きました。</div><div>　佐伯先生、本当にありがとうございました。</div></div><div><br /></div><div style="text-align: center;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/20110411121656-thumb-240x432.jpg"><img alt="20110411121656.jpgのサムネール画像" src="http://www.luci.jp/diary/assets_c/2011/10/20110411121656-thumb-240x432-thumb-70x126.jpg" width="70" height="126" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></div><div><br /></div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/10/post-129.html</link>
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            <pubDate>Fri, 28 Oct 2011 10:17:42 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>「行政アドバイザー」を依頼されて</title>
            <description><![CDATA[　今月、茅野市の子どもたちの育ちに関する「行政アドバイザー」を依頼されました。去年から続いてきた市との関係は、野菜や手作りのゼリーをお土産にもらったり、料理の仕方を添えたかんぴょうをもらったり、保育園を全部まわったりしているうちに、市長や教育長さん、子育て支援課のひとたちと本音で話せる関係になっていました。就任式があって、そのあと市長さん教育長さん、福祉部のひとたちと夕食をいただきました。<div><br /><div>　学校を管轄する教育委員会が、幼児期の保育をどうとらえるか、はいまとても重要です。あの子たちがこっちへ来る、ということを忘れて進むと、学校教育を支えて来た保育が「雇用・労働施策」に取り込まれてしまいます。</div><div>　（経済財政諮問会議がいまの保育や親のあり方にどのように影響を与えてきたか繰り返し書くことはしませんが、経済学者の多くが、子育てが生みだす絆がめぐり巡ってどのように経済と関係しているか、理解していないように思えます。経済と幸福の関係さえ理解していないと思ってしまうことがよくあります。家族の絆が安定しなければ競争力は落ちます。競争原理で動いているアメリカで、英語も満足にしゃべれない移民一世が、二世三世に比べて経済的に成功する確率が高い。発展途上国の家庭観を持ち、発展途上国の教育を受けた人がなぜ市場原理の中で成功するか。そのあたりを経済学者たちが理解していない。</div><div>　システムを市場原理や競争原理に変えたからといって保育がすぐに変わるわけではないのですが、これまで保育を支えてきた経験豊かなな主任さんが定年退職になりはじめています。新任の保育士が数週間で辞めてしまったり、理事長設置者が子どもを第一に考えなくなったり、雇用・労働施策に振り回されてすでにこの２０年くらいに起ってしまった保育界の変化は、やはりそうとう日本のいまの姿を形づくっていると思います。現場を耕していけばそれがいいのだ、と思うようにしています。上で何が行われようと、ひたすら幼児の私たちを信じてくれる力を信じればいい。彼らは一人では生きられないのですから。それは人類にとって素晴らしいことなのですから。）</div><div><br /></div><div>　「一日保育士体験」を親たちがすることで、子どもたちが「どの子にもおとうさん、おかあさんがいる」と理解する。親たち全員にさせたいのはそのためです。子どもたちからの信頼を取り戻すために「全員」に向かって努力することが必要だと思います。毎年「おともだち」のお父さんお母さんとひとりずつ順番に、一日遊んでもらったり、教えてもらったり、抱っこしてもらったり、本を読んでもらったりすることによって、卒園して学校へ行ってからのいじめがなくなる。なくなることはないとしても、半減するのです。「おともだち」が個人ではなく「一家」として意識されれば、親子としての存在が認められれば、いいのです。いじめは、その子の一生を左右する体験です。この体験が、数十年日本の社会に意識として残る。できることはすぐにやらねばなりません。</div><div>　お父さんお母さんが、毎年一日、卒園までに三・四回これを体験することで、自分の子どもの成長だけではなく、一緒に育っていく子どもたちの成長を一つの敷地の中で見る。「自分はほかの子たちにも責任があるかもしれない」と頭の隅でふと感じます。我が子の環境問題は他の子たちなのだ、と理解します。人類が何千年も感じてきた「部族」の感覚です。石器時代にすでにあった、人類が生きていくために一番大切な運命をわかちあう者たちの絆です。それを司っていたのが「子育て」でした。</div><div>　子育ての周辺に存在した様々な儀式は、主にそれを確認する儀式でした。</div><div><br /></div><div>　幸い茅野市では、学校と保育園・幼稚園が垣根を越えて子どもたちの成長を一緒に考えようとしています。第一に学校側が０歳から５歳までの子どもの成長の重要性を自分たちの問題として認識することから始まります。将来その子たちの成長を支える親たちをいま育てるのは自分たちだ、ということも意識します。高校生は数年後には、親になってこの仕組みの中に還ってくるかもしれない。</div><div>　保幼少連携と言われるのですが、まだ本質が理解されていません。授業がやりやすくなるために、くらいの視点で行われていることが多い。乳幼児、幼児たちがどのように人間社会に人間性を与えてきたか、彼らがどのように人間たちから良い人間性をひきだし、言葉で確認するものではない沈黙の次元の絆を生み出してきたか、までは理解されていません。思考がシステムの範疇を出ないのです。</div><div>　学校教育を支える土台がどのように作られて来たか、ひとり一人の教師が知ることは大切です。０歳、１歳、２歳で乳幼児がどのような役割を社会で果たし、三歳、四歳、五歳という特徴的な発達の段階で子どもがどのように自制心を身につけるか、そのあたりを教師も知ると子どもが違って見えてきます。</div><div>　この時期に親がどう親らしくなるのか。家庭と、保育・教育をする側との信頼関係がなければ学校教育は成り立たなくなる、成り立ったとしてもそれは子どもたちの笑顔と一体のものではないかもしれないことを知る必要があるのです。</div><div>　いじめは、「絆を作っていない」大人たちに対する子どもたちの警告です。</div><div>　子どもたちを教育して解決しようとすれば本末転倒になる。親身になって教師が生徒を指導し、いじめをなくそうとすることは重要ですし尊いことです。たとえば、学校で毎朝必ず輪になって踊ったり歌ったりすることはもっと古い、遺伝子にかなった石の時代のやり方です。しかし、いじめの本質は親同士、そして家庭と学校の信頼関係の希薄化にあるのだ、ということを前提に取り組まないと、ますます親たちは学校に子育てを依存し、教師は苦しい立場に追い込まれてしまいます。</div><div>　「一日保育士体験」で、父親を早いうちに人間らしくすることができれば、それが出発点になると思います。入園した年から「全員」を目指して、教育委員会と福祉部が協力しながら努力すれば地域の空気が変わってきます。</div><div>　焦点をしぼって徹底的に、ほとんど選択肢がないまでに進めようとしなければ意味がありません。進むことで生まれる絆もまた大切です。目的はそれを達成する過程がすでに目的を果たしたことになっている、のが一番いいのです。</div><div>　子育てをするということに選択肢はない。子どもは親を選べない、親も子どもを選べない。だからこそ人類は幸せだった。</div><div>　育てあうしかなかった、という感覚を社会全体に取り戻さなければなりません。</div><div><br /></div><div>　茅野市がいつか、県の教員の異動があるたびに、「あそこへ行って教師をやりたいね」と囁かれるような市にならないかな、と願います。学校教育の質は教師の精神的健康、幸福感です。こういう時代です。社会は、教師にとっても子どもたちにとっても学校教育が気持ちよく成り立つかどうかで、その善し悪しを計られるべきだと思います。そして、それが成り立っていることに親たちが感謝する。感謝をする人間が一番成長することになっているのです。</div><div><br /></div><div>　（私が学校に関してこうしたビジョンを持つのも、人生を振り返って学校のイメージがとてもいいからだと思います。教師の感性が感謝に磨かれていれば、学校はなんとかなります。そこで頼りあう、信じ合うことを学べばいいのだと思う。自立、という言葉は、まだまだいまの時点では人類には早いのだと思います。）</div></div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/10/post-128.html</link>
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            <pubDate>Thu, 20 Oct 2011 09:20:32 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>仕事２（返信と再返信）大酋長ジョセフ</title>
            <description><![CDATA[<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">前回ブログに書いた文章を数人の友人に送りました。「こんな文章を書きました」と書き添えて。私にとってご意見番ともいえるひとたちに。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">前回の文章は以下の通りです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><span class="Apple-style-span" style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; font-size: 13px; "><b></b></span></p><b><p class="MsoNormal" style="margin-top: 0px; margin-right: 0px; margin-bottom: 0.75em; margin-left: 0px; border-top-width: 0px; border-right-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; border-style: initial; border-color: initial; padding-top: 0px; padding-right: 0px; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; font-size: 1em; font-weight: normal; "><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; ">　子どもを産み、育てるということは、人間が宇宙から与えられた最も尊い仕事であったはず。それは宇宙との対話であり、自分自身を体験することであり、生きている自分を実感し、人生の意味を理解する道でもあった。人間は、自らの価値を知ることで納得する。</span></p><p class="MsoNormal" style="margin-top: 0px; margin-right: 0px; margin-bottom: 0.75em; margin-left: 0px; border-top-width: 0px; border-right-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; border-style: initial; border-color: initial; padding-top: 0px; padding-right: 0px; padding-bottom: 0px; padding-left: 0px; font-size: 1em; font-weight: normal; "><span style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; ">　もっと尊い仕事は、子どもが親たちを育てること。それは宇宙の動きであり、自分自身を体現すること。一人では生きられないことを宣言し、利他の道を示すこと。知ることは求めること、と気づいたひとたちを癒すために。</span></p></b><p></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">返信</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">メールありがとうございます。文末の部分、「知ることは求めること、と気づいたひとたちを癒すために。」が、私にはまだ分かりませんでした。仏教の言葉で「忘己利他」(ぼうこりた)というものがあるそうですね。最近知りました。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">再返信</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">その通りです。ありがとうございます。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">忘己利他という言葉は知りませんでした。まさにそれかもしれませんね。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">無心まで到達するのは難しいけど、自分が無心だったことに気づくことはできるかもしれない。知ることが、欲とか、選択肢とか、執着につながり、遠回りを人類は選ぶのだけれど、その過程で幼児という癒しがあれば大丈夫、というような意味で書いたんです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　ふと思いついて書いた文章だったのですが、そのきっかけとなったのは一昨日茅野市で行われた講演会でした。絵本ワニワニのシリーズで人気の妹（小風さち）が創作について話し、そのあと児童文学者である父（松居直）が話して、三番目に私が講演するという企画でした。私は２５年、父は５０年近く、妹はここ数年ですが講演を積み重ねて来て、お互いの講演は聴いたことがない親子でした。３人が親子であることも、それぞれの講演会に来たひとたちはほとんど知らなかったと思います。妹はペンネームを使っていますし、私は絵本や児童文学についてほとんど話をしません。偶然、茅野市は三人とも縁があってこういう企画になったのだと思います。当然、児童文学や絵本に興味を持っているひとたちが聴きにくる可能性が高いと思われました。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　私も，児童文学について少し話そうと思い、一週間くらい前からいろいろ考えていたのです。ナルニア国物語などで顕著ですが、ある一つの掟みたいなものがあって、しかしそれ以前に存在していた、にもかかわらず忘れられていた、古い「掟」「約束事」「法則」のようなものが存在するという話が児童文学の中によく出てきます。ナルニア国物語の場合は、「新約」と「旧約」という聖書の伏線があるのでわかりやすいのですが、キリストとイメージが重なるアスランが石舞台である約束事によって犠牲的に死んだあと、もう一つ古い約束によって蘇ります。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　ローズマリー・サトクリフの「太陽の戦士」では、青銅の民が鉄の民に支配されてゆく過程で、主人公の少年ドレムが精神的よりどころを奴隷である石の民に求めます。ドレムは追放された後に石の民たちとの交わりをもつのですが、そこまでの苦難の道で一番の友人が言葉の話せないノドジロという犬なのです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　石器、青銅器、鉄器という違った時代の価値観と人間が社会を形成するよりどころが、幸福論や生きる力をどう変えてきたかを暗示的に書いている素晴らしい児童文学です。現代社会、中世、古代、もっと遡るとほぼDNAが記憶している「約束事」というあたりまで「法則」は存在している。最終的にはノドジロとの関係が主人公の生きる力になっている。児童文学だからこそ表現出来た歴史文学で著名なサトクリフの歴史観、文明論がそこにあります。人間が進化し続けるかぎりそれに寄り添うシャーマンの存在意義も見逃せません。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　私の思考は、このあたりの児童文学に確かに影響を受けていて、そんなことを講演で話してみようかな、と考えていた時に、前回のブログに書いた文章が浮かんだわけです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　「最も尊い仕事」があって、しかし、さらに「もっと尊い仕事」がある、というのが、この忘れられていても存在する「掟」「約束事」「法則」のことです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　０才児は一律しゃべれない。一律の者には一律の役割がある。その一律の役割が古い「法則」であろう、という推測の元に私のサティアグラハは進むのです。サティアグラハはマハトマ・ガンジーが創り出したヒンズー語の造語で、絶対真理・よりどころの法則、それさえ動かなければ闘い方は自ずと見えてくる、という意味のもので、私はそれを０才児の存在意義ということにしています。絶対的弱者が強者の人間性を育てるというのも、ガンジーのアヒンサー（非暴力）に基づいているといえるでしょう。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　ブログですから、ちょっとした非論理性と飛躍は許されるでしょう。もっと間を埋めて説明しなければいけないのですが...。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　幼児の絶対性・普遍性というのは、私がこれだけたくさん幼稚園や保育園に毎年でかけて行く者だから感じることかもしれません。その中に古代の法則が見えるのです。ああ、この人たちと人間は対面して生きてきたのだなあ、と乳幼児を見ながら思うのです。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　私が、４歳児完成説を言うのも、それが実はもともと０歳児完成説であったのも、アスランやドレムが「隠されている古い『約束事』を考えよ」と私に言い続けているのかもしらません。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　これは実在したアメリカインディアンの大酋長ジョゼフの言ったことなどともよく重なります。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica">　ジョセフの学校教育に対する見方は、それがチャップリンのモダン・タイムスに影響を及ぼしたと云われるガンジーの文明論をよりいっそう古代へと進めます。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"><br /></p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Helvetica"></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/images.jpeg"><img alt="images.jpeg" src="http://www.luci.jp/diary/images-thumb-95x134.jpeg" width="95" height="134" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span><p></p><p></p> <div><br /></div><div><!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal" style="margin-right:-.8pt;mso-outline-level:1"><a name="_Toc227550570"></a><a name="_Toc227557722"><span style="font-size: 18pt; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">大酋長ジョセフと学校</font></font></span></a><span lang="EN-US" style="font-size:18.0pt;font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;"><o:p></o:p></span><span class="Apple-style-span" style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; ">（『なぜ私たちは０才児を授かるのか』からの引用です。）</span><span class="Apple-style-span" style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; ">&nbsp;</span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　先生が子どもたちに「夢を持ちなさい」という。その先生たちに、「先生は夢を持っていますか？」と質問すると言葉につまってしまう。「昔は、こんな夢を持っていました」「退職したらこんなことをしたい」といった答えが多かったのです。こうした矛盾に囲まれて子どもたちは生きています。伝承のプロセスに信頼関係が薄いのです。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　私の好きなインディアンの大酋長にジョセフという人がいます。１５０年くらい前に生きた人です。あるとき、ジョセフが白人の委員とこんな会話をしたのです。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　ジョセフは、白人の学校などいらないと答えた。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「なぜ学校はいらないのか？」と委員が尋ねた。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「教会をつくれなどと教えるからだ」とジョセフは答えた。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「教会はいらないのか？」</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「いらない。教会など欲しくない」</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「なぜ教会がいらないのか？」</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　「彼らは神のことで口論せよと教える。われわれはそんなことを学びたくない。われわれとて時には地上のことで人と争うこともあるが、神について口論したくはない。われわれはそんなことを学びたくないのだ」</font></font><span style="font-size: 9pt; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">（『我が魂を聖地に埋めよ』ブラウン著、草思社）</font></font></span><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　もともと西洋人が学校教育を作った背景には、識字率を上げ聖書を読める人を増やす、という目的がありました。アメリカ大陸にきて、「神」を知らないインディアンを西洋人は不幸な人、野蛮な人と見、学校教育が必要だと考えたのです。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　ところがジョセフは、神はすでに在るもので、議論の余地のないものと見ていた。学校という西洋的な仕組みの本質をついた視点です。なぜジョセフがそれを見破ったか。大自然と一体になった人間の感性が、白人たちの子育てに何が欠けているかを見抜いたのかもしれません。神を広めようとする白人の行動に、神の存在を感じなかったのかもしれません。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　『逝きし世の面影』</font></font><span style="font-size: 9pt; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">（渡辺京二著、平凡社）</font></font></span><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">に出てくる日本人の姿と大酋長ジョセフを私は重ねます。西洋人が、日本人は無神論者的だと感じた風景の中に、実は幼児を眺め、同時に神や宇宙を眺めることができる特殊な文明が存在していた。そして、西洋人はその無神論者的な社会に、なぜか一様にパラダイスを見た。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　ジョセフがこの発言をしたちょうどそのころ、欧米人は日本というパラダイスを見ているのです。インディアンの生活が原始的であったがために、日本を見て感じたパラダイスが見えにくかったのでしょう。同じ人間の営む文明として敬意を払うまでにいたらなかったのだと思います。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　当時日本にきた欧米人が驚いたことの一つに、日本の田舎ではすべての家の中が見渡すことができたというのがある、と書きました。当たり前のように時空を共有することが、パラダイスを形成する安心感の土台にあったのです。もし、同じような観察をアメリカインディアンにもしていたら、西洋人はもっと大きなパラダイスを発見していたかもしれません。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　西洋人が学校でインディアンに教えようとしてなかなか教えられなかったことの一つに「所有の定義」がありました。共有の中で生きてきた人たちは、西洋人が正当なやり方でインディアンから土地を手に入れても、そこから彼らは立ち退かなかった。土地は天の物、神の物であって、人間が所有できる物ではなかった。この視点の違いから、悲惨な闘いの歴史が始まるのです。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">　日本では、土地の所有に関して血で血を洗う闘争の歴史がありました。しかし、それは主に武士階級の間で行われており、村人の日々の生活の中に現実としてあったのは、共有の精神だったと思います。</font></font><b><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">一人の赤ん坊を育てるには数人の人間が必要で、そのことが未来を共有する感性を人々に与えたのだと思います</font></font></b><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; ">。システムだけ見ているとわからない、魂の次元での一体感や死後へも続く幸福観を村人はちゃんと持っていた。西洋人の観察の中に、確かに日本には封建制はある、武士は一見威張っているように見える、しかし、なぜか村人は武士を馬鹿にしているようなふうがある、とあるのですが、このあたりが本当の日本の姿だったのではないでしょうか。</font></font><span lang="EN-US"><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 1.25em; "><o:p></o:p></font></font></span></p>

<font class="Apple-style-span" face="'ＭＳ 明朝'" size="4"><span class="Apple-style-span" style="font-size: 16px; "><br /></span></font></div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/10/post-127.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ジョセフ、ガンジー、松居和、サトクリフ、ナルニア、</category>
            
            <pubDate>Mon, 10 Oct 2011 20:45:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>仕事</title>
            <description><![CDATA[<!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" face="'ＭＳ 明朝'"><b>
<!--StartFragment-->

</b></font></p><font class="Apple-style-span" face="'ＭＳ 明朝'"><b><p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　子どもを産み、育てるということは、人間が宇宙から与えられた最も尊い仕事であったはず。それは宇宙との対話であり、自分自身を体験することであり、生きている自分を実感し、人生の意味を理解する道でもあった。人間は、自らの価値を知ることで納得する。</span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　もっと尊い仕事は、子どもが親たちを育てること。それは宇宙の動きであり、自分自身を体現すること。一人では生きられないことを宣言し、利他の道を示すこと。知ることは求めること、と気づいたひとたちを癒すために。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;"><br /></span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;"></span></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/DSC00401_2.JPG"><img alt="DSC00401_2.JPG" src="http://www.luci.jp/diary/DSC00401_2-thumb-100x157.jpg" width="100" height="157" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span><p></p>

<!--EndFragment-->


</b></font><p></p>

<!--EndFragment-->


 ]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/10/post-126.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">松居和ブログ</category>
            
            <pubDate>Fri, 07 Oct 2011 10:34:43 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>子どもたちの会話</title>
            <description><![CDATA[<!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　子どもの発達を保育の醍醐味ととらえ、保育士たちの自主研修も月に一回必ずやり、子どもの幸せを考え親を育てる行事をたくさん組んで、良い保育をやっている保育園で...、</span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　園長先生が職員室で二人の女の子が話しているのを聴きました。</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　「</span><span lang="EN-US">K</span><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">せんせい、やさしいんだよねー」</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　「そうだよねー。やさしいんだよねー」</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　園長先生は思わず嬉しくなって、「そう。よかったわー」</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　「でも、ゆうがたになるとこわいんだよねー」</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　「うん、なんでだろうねー」</span><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　園長先生は苦笑い。一生懸命保育をやれば夕方には誰だってくたびれてきます。ちゃんとそれは子どもに見られているのです。他人の子どもを毎日毎日八時間、こんな人数で見るのはやはり大変なのです。しかも、園長先生は保育士たちに、喜びをもって子どもの成長を一人一人観察し、その日の心理状態を把握して保育をしてください、と言っています。問題のある場合は、家庭の状況を知って配慮したり、良い保育をしようとすれば完璧・完成はありえないのです。子育てに完璧・完成がないのと同じです。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:&quot;ＭＳ 明朝&quot;">　保育士に望みすぎているのかもしれない、と園長先生は思いました。それでも、いま園に来ている子どもたちのために、選択肢のなかった子どもたちのために、できるところまでやり続けるしかないのです。</span></p><font class="Apple-style-span" face="'ＭＳ 明朝'"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/DSC00124-thumb-240x320.jpg"><img alt="DSC00124.JPGのサムネール画像" src="http://www.luci.jp/diary/assets_c/2011/10/DSC00124-thumb-240x320-thumb-100x133.jpg" width="100" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span></font>

<!--EndFragment-->


 ]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/10/post-125.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">松居和ブログ、保育園</category>
            
            <pubDate>Wed, 05 Oct 2011 22:08:30 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>三歳児</title>
            <description><![CDATA[ <div>　<span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">先日、道ばたで母親がイライラしながら三歳くらいの息子を叱っているのを聴いたのです。&nbsp;</span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">　「そんなこと言ってると生きていけないよ！」と母親が叫ぶように言いました。</span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">　その時の違和感の意味を考え続けています。声の調子、その瞬間伝わって来た「気」の問題だと思うのですが、それだけではない、なんだろう。いまの社会状況と重ね合わせハッとしたのか、あまりにも法的、論理的（言語的）になりすぎている人間関係を背後に感じたのか、生きてゆくことの本質が崩れてゆく音を感じたのか...。</span><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-size: 15px; line-height: 19px; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">（</font></span><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-size: 15px; line-height: 19px; "><font class="Apple-style-span" style="font-size: 0.8em; ">子どもが生きてゆく条件に、親をイライラさせないことが加わって来ているのだとしたら、生きることの意味が逆転している。）</font></span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">　ずいぶん前に佐渡の園長先生が、保育園で三歳児が「死んでやる！」と言ったのでびっくりした、と話してくれたことがあります。</span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">　ふと、そのことを思い出したのですが、たぶん、三歳児の特別な役割りが人間社会の中で少しずつずれて来ているということでしょう。三歳児と人間の関係というのは典型的な人間性を育てあう関係だと思うのです。三歳児が、私たちをつなごうとしているものから離れ、自らが発した言葉に支配されているのか。</span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">　彼らに見捨てられたら人間は道を間違える。</span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; "><br /></span></div><font class="Apple-style-span" face="Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif" size="4"><span class="Apple-style-span" style="font-size: 15px; line-height: 19px;"><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/20110412094924.jpg"><img alt="20110412094924.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/20110412094924-thumb-240x432.jpg" width="240" height="432" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></span></font><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; "><br /></span></div><div><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 15px; line-height: 19px; ">
<!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　ある園長先生が教えてくれました。三歳までに親に関心を持たれなかった子どもは、安心の土台がない。新しい体験をしたときに不安がってそれが壁になる。安心している子どもは、新しい体験がチャレンジになって壁がその子を育てる。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　（保幼少連携といわれる施策の多くが、連携により子どもたちの進む道を平坦にしようとしています。壁をできるだけなくそうということです。本当に大切なのは安心に支えられた挑戦です。一家が挑戦で心を一つにすれば絆が育つのです。）</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　無心に生きている者に向かって、「生きていけないよ」と言い始める。その者に許され、救われ、守る立場にある者が...。　</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　その違和感だろうか。生きるということの意味が教育によって浅くなってきたのか...。</span></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka">　教える者は、すなわち伝える者。</span><span class="Apple-style-span" style="font-family: Osaka; ">翻訳者であり通訳者でなければならない。ツリーオブライフに何かヒントが隠されているような気がする。もう一度見た方が良いかもしれない。</span></p><p class="MsoNormal"><span class="Apple-style-span" style="font-family: Osaka; ">　この年齢で、私が一人で公園のベンチに座っていたら「変なおじさん」です。でも、三歳児と並んで座っていたら、「いいおじさん」です。一緒に座っているだけで宇宙の相対性の中で、三歳児は私をいい存在にする。その繰り返しが、主体である人間にも影響を与えてきた。</span></p><p class="MsoNormal"><span class="Apple-style-span" style="font-family: Osaka; "><br /></span></p><p class="MsoNormal"><span class="Apple-style-span" style="font-family: Osaka; ">　三歳児をわかちあう感覚、これが人類をささえる感覚だろうか。「わかちあうこと。輪になって踊ること」とシスターは言った。</span></p><p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" face="Osaka"><span class="Apple-style-span" style="color: rgb(255, 255, 255); line-height: normal; font-size: medium; "><a href="http://youtu.be/SUaQXFUp1_M" style="color: rgb(102, 102, 102); text-decoration: underline; ">「分かち合うこと。」&nbsp;</a>&nbsp;&nbsp;&nbsp;<a href="http://youtu.be/SUaQXFUp1_M" style="color: rgb(102, 102, 102); text-decoration: underline; ">http://youtu.be/SUaQXFUp1_M　</a></span></font></p><p class="MsoNormal"><font class="Apple-style-span" face="Osaka"><br /></font></p><p class="MsoNormal"><span style="font-family:Osaka"></span></p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/20110930195338.jpg"><img alt="20110930195338.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/20110930195338-thumb-300x225.jpg" width="300" height="225" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>　　　　　　　　　</span><span class="Apple-style-span" style="font-family: 'ＭＳ 明朝'; ">三歳児はまぶしすぎて、生きていけないよー！</span><p></p>

<!--EndFragment-->


</div><!--StartFragment-->

<p class="MsoNormal"><span lang="EN-US"><o:p></o:p></span></p>

<!--EndFragment-->


]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/09/post-124.html</link>
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            <pubDate>Fri, 30 Sep 2011 09:28:06 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>K君のこと</title>
            <description><![CDATA[　車で２時間ほど走って、ある公立保育園に講演に行きました。お父さん２人お母さん２０人くらいに話をし、その後、お昼に給食を食べました。園長先生が用意してくれた私の席は、軽度の知的障害を持っているK君と、自閉症のR君、そしてR君のお母さんと四人で食べる席でした。K君は、園についた時から私にくっついていました。K君はほとんど職員室に住んでいて、主に園長先生が見ています。私を園に迎えてくれたのも園長先生とK君でした。お母さんがあまり園に寄り付かず、園に預かってもらえるかぎり預けていました。園長先生が薦めてくれたのですが、講演会にも現れませんでした。でも、R君のお母さんが、K君とK君のお母さんの世話を色々やいてくれるそうです。二人とも来年学校へ行くので、色々しらべて、特別支援学校に二人で行こう、とK君のお母さんを誘っているそうです。保育園が助け合う絆を育てていました。<div>　K君と過ごす、お昼を一緒に食べる。ほんの１時間くらいだったのですが、私が１０歳くらいから色々身に付けてきた世渡りの術はK君には役に立ちません。私の本質しか見られていないような気分です。磨いてきた技術ではどうにもならない、裸にされたような感覚。たぶん、園長先生はこの時間を私に過ごさせたかったんだな、と思いました。</div><div><br /></div><div>　そのあと東京に戻り、自民党のK代議士の「励ます会」に行きました。年に一度くらいですが、こういう会の招待状をもらいます。四期目のK代議士には内心期待しているので、都内のホテルへそのまま行きました。元総理大臣、元防衛大臣二人、いつもテレビで見る方々が次々に面白おかしく挨拶をしました。会場は、ほとんど背広にネクタイ姿の男性で埋まっていて熱気が立ち上っています。知り合いの代議士の方も数名いました。</div><div>　テレビのカメラが来ていました。問題発言でも起きないかねらっていたのでしょう。立食の食べ物をおいしく食べていると、司会をしていたK代議士の親友の熊本のK代議士が、わざわざ私を探しに来てくれて、友人という香川の代議士を紹介してくれました。</div><div><br /></div><div>　両界曼荼羅。K君がK代議士を照らす時が来るはずです。</div><div>　すべて双方向への関係です。私に反射した関係であっても、K君はきっとみんなを照らすはずなのです。</div><div>　</div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/09/post-123.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">松居和ブログ</category>
            
            <pubDate>Wed, 28 Sep 2011 11:32:28 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>Gino</title>
            <description><![CDATA[<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　友人に、数年前に亡くなりましたが、ジノ（<span style="font: 12.0px Geneva">Gino D'auri)</span>というイタリア系のジプシーの血が混ざったギター弾きがいました。フラメンコのギタリストでしたが、私は彼を一生思い出し続けるだろうし、いまでも一緒に人生を歩いているような気がする不思議な男でした。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　ロサンゼルスの彼の家、家といってもだれかの家の敷地にある倉庫の屋根裏だったのですが、そこで夜、よくスパゲッティーを作ってくれました。第二次大戦でローマがアメリカ空軍に爆撃されたのを覚えていると言ってましたから、私よりも１５歳くらい上でしょう。マフィアのコネクションがあって、いいパスタとオリーブオイルがいつも手に入るのだと言ってました。それにジノが遠くまで行って厳選して買って来たトマトとチーズを入れるだけで素晴らしく美味しいパスタになりました。塩を少々。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　お金はあまりないけど、お皿が好きで、メキシコ産の安い民芸のお皿で、これだ、というのを集めていました。それに載せて食べるのですが、屋根裏の居心地のよさが加わってなんともいえないひと時でした。ブーツにも凝っていて、飛行機に乗るときもスエードのブーツだけは手荷物にして抱えていました。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　お腹いっぱいになるとサンブカという酒を二人で少し飲み、オープンリールのテープを聴く。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　音楽家としては、フラメンコダンサーのホセ・グレコと世界ツアーをしたり、スペインでジプシーと洞穴を巡ったり、自転車競争もやっていたし、不思議な経歴があるのですが、やっぱり半分ジプシーだからなのか将来的な欲がない。その日暮らしが好き、というより、仕方ないだろうという気楽な人生でした。ふと電話がかかって来て出かけていくと、こんな契約しちゃったけど大丈夫かな、と私にレコード会社との契約書を見せるのですが、ちょっとまずいな、という感じ。やっぱり、と顔をしかめ一応言い訳をし、しょうがないよね、と言って契約書をソファに置き、サッカーの話題にしばらく興じる。その、ちょっとまずい契約書のおかげで、いまでも彼のアルバムはネットで入手出来るのだから、人生全体を考えると運が良かったんだと思う。絶対に不幸そうではない安心感が、彼の一挙手一投足にはあった。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　黒猫が前を横切ると、車をバックさせて道をわざわざ変えていたし。</p><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　私が出会った頃は、サンタモニカにあるラレスというメキシコ料理屋で週三日、エルシドというフラメンコダンスが売りのレストランで週二日ギターを弾いて暮らしていた。インドのシタール奏者ラビ・シャンカルがロサンゼルスに来ると、呼ばれて弾きに行っていた。誰とも闘わなくていい、自分だけのポジション、居場所を作り上げていて、いつもその温かい場所に戻ってゆく。ミュージシャンに好かれ、時々その筋の人たちに好かれ、そんな男でした。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　パコ（<span style="font: 13.0px Arial"><b>Paco</b> De Lucía</span><span style="font: 12.0px Geneva">)</span>がロサンゼルスに来ると、必ずジノの屋根裏へ行ってセッションをする。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">友だちのロビン・フォードというギタリストをラレスに連れて行ったら、マルガリータを作るブレンダーの合間に、「パコは小次郎で、ジノは武蔵だね」と、面白いことを言いました。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Osaka">　葬式にはいけなかったのですが、いまも、車に乗ると彼のアルバムを聴きながら、話をするのです。ジノはアルファロメオ以外を車と認めず、３０万円くらいで中古の危ないアルファロメオを買っては、友だちの修理工にお世話になりながらロサンゼルスの街を飛ばしていました。部品調達用の一台を合わせて二台持っていました。奥さんのDAHADはレバノン人のベリーダンサーで、体は大きいのに子どもみたいな人でした。子どもはいませんでした。</p>
<br class="Apple-interchange-newline" /> <div><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://www.luci.jp/diary/gino_dauri.jpg"><img alt="gino_dauri.jpg" src="http://www.luci.jp/diary/gino_dauri-thumb-200x148.jpg" width="200" height="148" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span></div><div><br /></div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/09/gino.html</link>
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            <pubDate>Sat, 17 Sep 2011 14:58:57 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>映画「ツリーオブライフ」</title>
            <description><![CDATA[　久しぶりに映画館へ行きました。友人に、感想を聴かせてくれないか、と言われていた、ブラッド・ピットがプロデュース主演している「ツリーオブライフ」という映画を観ました。なかなか、素晴らしかったです。<div>　音と音楽で、現実と非現実・現在と過去を描写した映像をつないでゆく演出も良かったのですが、全編に流れる、「安心しなさい」という単純なメッセージが好きでした。これが人間にとってのリアリズムだろう、と思うとホッとします。０才児と話すことで、やがて盆栽とも話せるようになる、と説明してきた私には、とても緻密なきめの細かい映画でした。</div><div>　人間は無力感の中で、お互いの人間性に気づく。弱者と強者は陰陽の法則で互いを必要とし、流動的でありながら一つの生命体をつくっているはず。無常観が大きな流れに私たちの感性を導くのでしょう。命の木を眺めるために自分自身を体験する、人生とはそういう感性が現れては消えるプラスマイナスゼロの現象かもしれません。</div><div><br /></div><div>　字幕の翻訳にいくつか、ちょっと「違うかなー」と思える箇所があって、重要な部分だったので戸惑いました。字幕の誤訳や意訳の方向性に関する疑問は、英語圏の映画を日本で見ていると、頻繁にあります。文学では許されない間違い、監督が知ったら訴えられそうな意訳が時々あります。</div><div>　少ない言葉が、空間をつなぐ映画だっただけに、直訳をしてくれた方が良かったかな、と思いました。英語を話す人でも、どちらに解釈するか分かれるセンテンスがありました。「I」を「僕」と訳すか「わたし」と訳すかで性別が決定してしまったり、地球を「Her」と呼ぶ可能性が見えなかったり、聖書からの引用であっても、通常はそうとはわからない言葉を、日本語で聖書からの引用とわかってしまう言葉遣いに訳してしまうことがいいのかどうか。「自然」や「世界」を「世俗」と意訳してもいいのか。宇宙や自然が、人間の営みと頻繁にオーバーラップする作品だけに、理解しようとするよりも、感性で自分と重ね合わせ、自分自身を体験するような感覚で観たほうが楽しめる気がします。</div><div><br /></div><div>　（日本語という非常に特殊な言語に翻訳する時、特に翻訳者のセンスが問われます。フェリクス・ザルテンの書いた児童文学「バンビ」に、白水社版と岩波版があって、白水社版では、バンビの母親が下町のかあちゃん言葉で話すのですが、岩波版では、山の手のお母さん言葉が使われていて、印象がずいぶん違います。私は、白水社版が好きです。たぶん、最初に読んだのが、石井桃子さんの桂文庫で借りた白水社版だったからだと思います。）</div><div><br /></div><div>　ブラッド・ピット主演の映画に「レジェンドオブフォール」というのがあるのですが、私が吹いた尺八の音が、けっこう大切な役割りを担っています。音楽は、もう一つの、、理屈では説明できない次元を映像に加えます。心象だったり、心象とは別の次元の背景だったりするわけですが、音は実際には存在しない過去や未来を、存在する現在とつなげて現実にする役割りを持っています。龍村仁監督の「ガイアシンフォニー」は、次元のレイヤーを音楽で重ねる典型で、ずいぶん学びました。</div><div><br /></div><div>　自主制作で作ってみたシャクティの映像では、ドキュメンタリーでありながらナレーションを使わず、音楽、音、映像の組み合わせを表現手段として使いました。予算がなかったこともありますが、表現や伝達手段が要素として一つ二つ欠けた時に、よりいっそう伝わるものがある。そして、その組み合わせの偶然性の中に、大自然の必然を感じることがあります。</div><div>　そして、再び私の思考は、乳児との会話に行きつきます。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>　（昔、習ったバリの影絵ワヤンクリに、出てきた命の木の画像がないかと思いネットで探してみたら、ありました。http://digoin.exblog.jp/8767615/）</div>]]></description>
            <link>http://www.luci.jp/diary/2011/09/post-122.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">松居和ブログ</category>
            
            <pubDate>Fri, 09 Sep 2011 14:35:49 +0900</pubDate>
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