デンマークの幸福度・デンマーク在住の日本人と、日本在住のデンマーク人の文章

以前も書いたのですが、子育てやその仕組みに関して、最近再び欧米との比較がよく行われているので再掲します。

幸福度が高いと言われているデンマークでさえ実情はこうなんだ、と知っておくことは重要です。どんなに仕組みを改めても、欧米のように一度家庭崩壊が進んでしまうと取り返しがつかなくなる。だから、まだ「家庭」という定義が残っているうちに日本は方向転換しなければいけないと思うのです。

(都知事選もそうですが、選挙になると必ず「待機児童問題」という言葉が頻繁に語られます。でもその「問題」がいったい誰の問題なのか、を考えると、問題の中心に幼児たちの願いや心が存在してないことがわかります。「待機児童問題」という言葉が、発言できない人たちの願いを想像しない、という現象を拡散している。

「働きたいけど預ける場所がない」という問題と、「乳幼児たちの願いに多くの人たちが気づかない」という問題ではその次元が違うのです。どちらが「社会」にとって、またはもっと想像力を働かせて「日本の将来の経済」にとって大切かということをしっかり見極めないと、「子育て」の定義と意味が曖昧になり取り返しのつかないことになる。

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デンマークについて

 デンマークという国の幸福度が高く、日本は先進国で最下位という報道がありました。私はこの西洋人たちが(特に学者が)勝手に決めた「幸福度」というものさしが好きではないのですが、関連していそうな数字を、少しネットで調べてみました。そして、日本と比べてみました。

女性がレイプされる確率:日本の十倍 (スエーデンは60倍)

傷害事件の被害者になる確率:十五倍

ドラッグ汚染率:五倍

 以前、調べた数字もだいたいこんなものでした。ネット上の情報は様々ですが、比較する時は基本的な数字から入るべきです。これだけ物騒で(傷害事件)、男女間の信頼関係がなく(レイプ)、若者たちが夢や希望を持てない(ドラッグ)国を、日本より幸福な国と位置づけるには「無理な意図」が背後にある。世界を覆うこの「無理な意図」が日本にも確実に影響し、浸透し始めている。

 仏教を土壌とした「欲を捨てることに幸せがある」という文化と、資本主義を動かす「勝つことが幸せだ」という物差しが、日本でぶつかっていると私は見る。特に「子育て」でぶつかる。

(ワーキングマザーという単語の中で、ワーキングとマザーがぶつかるのです。第一次産業の従事者が減っている今の経済の仕組みの中で、幼児たちの視線を感じれば、その瞬間、両立出来ないことがわかるから、ぶつかる。もっとうまく両立に近いやり方を模索できるはず。幼児の気持ちを優先させれば、それはできると思うのですが、議論が欧米式になってくるとワーキング優先に「保育の受け皿」を増やそうとする。)

 大学を中心とした社会の仕組みに関する「学問」は一般的に欧米が本場のようなコンプレックスがあって、欧米を肯定することで生き残ろうとする。デンマークは幸福だ、と欧米の学者による論理が国連で承認されると、そうだ、そうだ、と簡単に受け入れてしまい、それがマスコミによって意外と普及してしまう。

 しばらく検索していると、デンマーク在住の日本人と、日本在住のデンマーク人の文章に出会いました。先入観と意図を含んでいる場合が多い学者の研究より、ストリート系の普通の感性で書かれたこうした文章により真実が見える。特に、幸福度に関しては、直感的に、この解説が妥当だと思ったので後述します。

増えているヤング・マザー。幼児期のネグレクトが原因?)、https://blog.goo.ne.jp/ymat123/e/bb58f2461322ae28354e4903cfce961f

 ここに出てくる現実、テレビ番組のこととか、幼児期のネグレクトに関する新聞の記事は五年前の記述ですが、生活に沿った、子どもたちの幸福感に直結する、リアリティーを感じる情報です。デンマークという国全体の子育てを囲む環境が見えて来ます。

 日本では、13歳の母親が増えているという状況が全国紙の記事になるような事態にはまだ至っていませんし、性犯罪や麻薬の汚染率も欧米よりはるかに低い。しかし、いま欧米で起こっていることを真剣に見つめないと、2、30年後には日本もそうなっているかもしれない。

 ここには挙げませんが、いまデンマークが伝統的家庭観を取り戻すために進めている施策には良いものがあって、主に子育てを夫婦に返そうという動きですが、よく観察すると背後にいわゆる「右傾化」がある気がしてならない。米国におけるキリスト教右派の動向と似ています。方向性はいいのですが、背後にある動機が差別的で危ない。痛し痒しです。でもそこまで追求せずに、いいことをやっているという事例でデンマークの施策を挙げるのは有効です。五十年前にデンマークで始めたらよかったのですが、いますぐに日本で始めたら、人類の進化の過程を変えるかもしれないと思えるような施策があります。子どものいる夫婦は、夫婦合わせて一日9時間以上働いてはいけない、というような・・・。

 危惧すべきは、「欧米ではこうで」という論法を使って、経済優先の雇用労働施策、いわゆる「社会で子育て」の方向へ進むことなのです。首相がいまだに言う「三年以内に40万人保育園で預かります」という数値目標も、欧米並みに女性を家庭以外の場所で働かせようという、税収を目標とした労働施策であって、この短絡的な目標が危険なのです。欧米並みに家庭崩壊が進むと、福祉が成り立たなくなり必ず治安が悪化するからです。

 文化や伝統、宗教の土壌が異なるのですから。「欧米では」という考え方は全般的にやめた方がいいと思います。

男女平等という言葉が使われる場合もそうなのですが、一流企業に女性の役員が少ないとか、県会議員に女性が少ないなど、欧米式の競争原理におけるパワーゲームやマネーゲームに基づいた「平等論」ばかりで議論するのは馬鹿げている。子育てに価値を見出し、子どもに寄り添う母親であろうとする女性を男性優位社会の犠牲者のように決めつけることこそ、女性蔑視だと思います。競争社会を回避しようとすること、欲を捨てることは、幸福論としてはむしろ王道です。仏教もキリスト教もそれを幸福への近道と言うのです。

 「逝きし世の面影」(渡辺京二著:明治維新前後に日本に来た欧米人の日本関する記述を集めた本)に書かれているように、欧米人が150年前「パラダイス」と賞賛した社会の形が日本にはあったわけです。そこでは男も女も、同じように子どもを可愛がり、子どもを子育てを中心にして楽しそうに生きていた。この国の考え方や習慣、欲を捨てることに目標を置く平等論、一昔前の常識の中に様々な解決策を見つけ出す方が自然なのです。

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『デンマーク在住の日本人のコメント』

 

増えているヤング・マザー。幼児期のネグレクトが原因?

2009-02-26 | デンマーク最新

 デンマークには「ヤング・マザー」という番組がある。20歳まで、ある時は15歳でママになった少女たちを主人公に、夫や両親などの家族の様子や、公的社会支援を受けて生活を構築していく様子を伝える番組である。かなり人気があり、デンマーク人はよく見ている。一緒に見ながら、「ヤング・マザーを支える社会の仕組もよく整っているなあ」というように見ていた。

 しかし、これは大きな社会現象のようで、、、、、

 218日のユラン・ポステンデンマークで最多の発行部数を誇る高級紙) によれば、、、、

 13歳で母親になる少女が増えており、これは「できちゃった!」というようなものではなく、彼女らが、望んで計画的に行っていることだという。避妊の失敗による事故ではなく、「家族の夢」や「無条件の愛」を求めての結果であり、彼女らは妊娠のメカニズムについてよく知っており、計画的に妊娠している。

 ヤング・マザーたちの世話をしているソーシャル・ワーカーが言うには、「彼女らは家族を欲しがっています。そして、ずっと続く愛や無条件の愛をほしがっています。だから、妊娠は計画的なものであり、妊娠したことをとても喜んでいるのです」とのこと。 しかし、「15-18歳以下での妊娠は早すぎ、人間としても成熟していたとしても親業まではまだ早すぎるので、対策を講じたほうがいい」のである。

 そこで、どこに手を入れたらいいかという話になるが、彼女らの動機を考えると、性教育のまずさや次期うんぬんとは別の時限の話になってくる。

  デンマークでは、ヤング・マザーに親としてのトレーニングを行うハウスもあるようであり、そこのハウス長は、次のように話している。

 「若くして母親になった少女の5人に1人は、確かに計画的に妊娠しています。しかしもっと強い現象は、彼女らの満たされない欲求に対して、自分の感情と戦ったうえで妊娠という方法を選んでいる、ということです」

 「ここに来る若い母親たちは、幼児期にネグレクト(親からの放置)を受けたケースが多いのです。だから、若くして、家族を持ちたい!愛情が欲しい!と思うのです。それは、彼女らが考えた末の、ひとつの戦いの結果なのです」

 

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日本在住のデンマーク人のコメント

 

 僕はデンマーク人です。デンマークの例から挙げますと、1970年代に労働者不足になっていたため(今の日本ですね、高齢者が増えて労働者が足りない)、トルコからの労働者をどんどん受け入れました。当時のデンマークの政治家は無責任で一度受け入れた労働者には家族や親せきを呼ぶ権利まで与えました。当時デンマークでは生活支援法というのが出来たばかりで失業しても失業手当を貰う権利が国民に与えられました。福祉が充実して海外から見れば天国みたいな国でした。今も日本の多くの方が「天国みたいなデンマーク」に行っては福祉の勉強をしています。

 この「天国みたいな国」に行けば老後も問題ないと考えた外国人がどんどん入ってきました。特に労働者として呼ばれた方々の親戚や親が入ってきてデンマークは国として負担が増えて行きました。

 80年代になると今度はイランやイラクの難民をどんどん受け入れました。難民は自分の国の戦争や政治的な問題から逃れてデンマークに逃げてきました。やさしいデンマークの国民はこういう人たちを助けてあげなければと考えて難民もどんどん受け入れました。

 80年代は特に問題化はしていませんでしたが当時外国人が多い為デンマークの将来が危ないと考えて外国人反対の党を作り上げた人がいました。彼は人種差別者としてデンマーク中のメディアで批判されました。彼が主張していたのは単にデンマークをデンマークとして守るためには受け入れていた外国人の数が多すぎるという事でした。まぁ、実際に彼はその内かなりの人種差別者になったかも知れませんが、決して主張していた事が無茶苦茶ではありませんでした。しかし、メディアからしてみれば人種差別者であり叩くのにはもってこいの人物だったのでしょう。

 90年代になり外国人の数がどんどん増えて外国人問題が多発するようになりました。これは外国人労働者を受け入れるようになってたったの二十年後の話です。たった二十年ですよ!

 外国人は数が増えたため自分達だけで生活が成り立つようになり、デンマーク語をいつまでたっても覚えない人が増えました。

 暴力は増え、デンマーク人と外国人との対立が増え、右翼が強くなって行きました。郷に入れば郷に従えという事を主張する人が増えて行きましたが、そういう人たちは人種差別者というラベルを付けられ結果として職を失ったり、「差別」を受けたりするようになりました。何しろデンマークは世界の先進国であり難民を受け入れる「天国のような国」でしたから。誰もが安心して暮らせる国だったのです。

 外国人に反対する人たちは結果を恐れて発言が出来ない社会になってしまいました。デンマークは言論の自由が最も実行されている国だったはずが、外国人反対に関しては公に言えない国になってしまったのです。その結果、問題があるにも関わらずその問題を取り上げる事がなく90年代は過ぎてしまい外国人問題は拡大する一方。

 一時期イスラム系の人達がコペンハーゲンの小学校、中学校の給食から豚肉を外してほしいと主張し始めました。デンマークは豚肉の輸出で成り立っているような国です。デンマーク人に取って豚肉は大事な存在です。日本でいえばお米。日本の学校給食からお米を外してくださいと外国人が要求しているようなもの。自分達の給食から外せば良いのに学校全体と要求。積もり積もった外国人問題は最終的には世界で知られている風刺画問題に発展。デンマークがデンマークである最も重要な基本である言論の自由がデンマーク国内で外国人により侵されたのです。民主主義を守るか、それとも民主主義に妥協し宗教を尊重する事を重要視するかにまで問題が発展。

 世論は真っ二つに分かれ言論の自由をサポートする人と宗教を尊重すべきとする人に分かれて下手すると第三次世界大戦がはじまるのではとまで懸念されました。そろそろ5年程前の問題になりますが、未だに収まったのか収まっていないのか分からない状態です。いつこの問題が復活するか分からない状態です。

 現在デンマークには外国人が60何万人いると言われています。国民が550万人の国では一割を超えています。しかし、この数字は果たして正しいのかと議論されています。実際には150万人いると主張する人もいます。どの数字が正しいかは別としてデンマーク人は減り、外国人が増えている事に変わりはありません。つまりいずれは外国人が5割を超えてデンマーク人が少数派になる事もほぼ間違いないでしょう。ちなみにこの問題はデンマークだけではなく殆どのヨーロッパの国に言える事です。

 デンマーク人が少数派になった場合、今までのデンマークは消えてしまいます。ポルノの自由が真っ先に行われたのはデンマーク、ホモの人間が世界で最初に結婚を認められたのはデンマーク、政治的な情報開示を最も徹底的に行ってきたのはデンマークであり、EUにもそれを要求して来た。環境の先進国であり、福祉の先進国。弱い者を支えてノーマリゼーションを訴えて来た国です。オンブスマンという言葉はデンマーク語でありデンマークが生んだ制度。

 しかし、このデンマークがもはやデンマークでは無くなりつつあります。しかもたった40年でこう成ってしまったのです。

 僕は日本で育ちました。日本が好きです。しかしだからと言って日本の全てが素晴らしいとは思っていません。労働環境は何とかすべきだと思うし、政治の問題も多すぎる。

 しかし、日本には素晴らしい歴史があり日本人という素晴らしい性格の民族が居ます。この日本を日本として守るためにはどうすべきかと考えます。100年後も日本は日本人の特徴を維持しまた日本人として生存する権利を守れる国にしたいです。その為には残念ながら外国人の参政権に反対すべきだと考えます。

 外国人は政治に参加したければいろいろと方法はあります。日本人との接点を増やし自分の考えを述べる事自体も政治に参加している事になります。日本人がその意見を聞き、意見が良いものであると考えれば日本人を通して日本の政治に影響を与える事になります。

 個人的には現在労働環境の通信簿というサイトを立ち上げております。このサイトは日本の労働環境を何とか改善したいという気持ちから作りました。別に参政権がなくても日本に影響を与えられると信じています。

 また重要なポイントですが、僕が日本の労働環境を変えるという訳ではありません。日本人が日本の労働環境を変えられる仕組みを作ったのです。僕は僕なりに日本の労働環境はこうあるべきだという意見を持ってます。しかしそれを日本人に押し付けるつもりはありません。

 しかし自分が働いた日本企業の労働環境はデンマークと比較してあまりにも過酷です。また、日本人の同僚と話をしても同じ事を言います。しかし、誰も日本の労働環境を変える事は出来ず我慢の連続です。中には過酷な労働環境のあまり鬱になったという人も少なくありません。これはどう考えても労働環境を変えるべきだと思わざるを得ません。

 そこで考えたのが労働環境の通信簿を立ち上げる事です。日本人自らが自分の労働環境を評価していく事により日本を変えて行く。就職活動を行っている方は労働環境の通信簿にアクセスし労働環境の良いところを選んで就職活動をする。つまり労働環境の良いところは就職活動する人が集中し労働環境の悪いところはなかなか良い人材がつかめない。日本の労働環境は変わって行くと考えます。

 労働環境の通信簿はまだ立ち上げ中でおそらく45年は掛ると思われます。皆さんからのサポートがあればもっと早く立ちあがると思いますので是非宜しくお願いします。特に労働環境の投票をお願いします。?ホームページはwww.roukan.jp です。

 

 このように僕は参政権を持っていませんが、日本に取って日本人にとって、良い変化をもたらす事は出来ると思います。参政権は特に必要ないです。

  長くなりましたが、言いたかった事は外国人参政権は良く良く考えなければいけない事、海外ではその失敗例が多くある事、そして日本の政治に参加したい外国人がいれば特に参政権では無くても良い影響を与える事が出来る事。

そして何よりも日本を日本として守る事に関して僕は出来る限りの協力をしていきたい事。

 宜しくお願いいたします。

キム・ペーダセン?メール infomx2.jp

 

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1.年間犯罪件数

 2007年のデンマーク治安当局統計によると、2007年の犯罪認知件数は444,773件であり、2006年と比較して、19,668件増加しています。?国によって統計の取り方が違いますので一概に言えませんが、犯罪に遭う確率(犯罪発生件数を総人口で比較、人口÷犯罪認知件数)は、日本の5倍以上になります。デンマークは総人口543万人で犯罪認知件数が44,773件であり、12人に1人の割合で犯罪に遭遇していることになります。これに対し、我が国は総人口が1億2,700万人で犯罪認知件数が1,908,836件であり、66人に1人の割合です。

 

2.治安状況

(1)治安・社会情勢

欧州の中でも比較的安定しているといわれていますが、移民問題に関連した青少年不良グループ間の抗争事件やアルコール中毒、麻薬の乱用に絡んだ犯罪が後を絶ちません。また、銃器を使用した事件が増かしています。

 特に観光シーズンは、外国からプロの窃盗グループが入り込み、空港、駅、ホテル等で旅行者が盗難の被害に遭うケースが頻発します。また、日本人は多額の現金を持ち歩く傾向があると見られていることから、日本人旅行者を狙ったと思しき盗難被害が多発しています。さらに、コペンハーゲン市内のクラブや街頭で麻薬の密売が行われている場所もありますので、犯罪の巻き添えにならないよう、十分に注意してください。

 

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