「子どもの貧困」

米国大統領選のトランプ支持者の異様な騒ぎ方を見ていると、徴兵制度という踏み絵を一度踏まされた60年代70年代の昔の若者たちが、自分の人生に辻褄を合わせようとしているのを感じる。学校の校長も教会の牧師も、戦場に若者を送る手伝いをしていたことがあったのだ。

あの時の分断、そして、マスコミに踏みにじられた自分たちの「愛国心」を、やはりそれは純粋だったんだと思いたい。

私の音楽家の友人たちも、ベトナム行きの運命にかなり近づいたことがあって、その時の話を冗談交じりに話してくれた。

「前線に行きたくなければ、徴兵される前に軍楽隊に志願するんだ」と話してくれたのはロビンだったか……。ロサンゼルスの軍楽隊には、ハービー・メイソンとマイク・ベアード、そしてトム・スコットがいたという冗談か事実かわからないような話を聞いたことがある。それは、音楽家として最低限可能な反戦運動だったのかもしれないが、たとえ順番が来る前に戦争が終わったとしても、踏み絵を踏まされたことに変わりはない。

真剣に生きようと、戦場に志願していった友人のことを懐かしそうに話してくれた人がいた。ベトナム戦争はその前半、志願兵でほぼまかなわれていた。

「子どものころ、奴は、野球場で国旗を見上げた。その時、横に居たのは父親(オヤジ)だったかもしれない。みんなで一緒に国歌を唄う。すると、魂が震えるんだ」

と彼は言った。

「そういう風に生まれてしまった。どうしようもないことなんだ。わかるかい?」

私は、頷く。この説明の方が、祖国と自由、という実感のない言葉よりも理解できた。

「独立記念日に。軍楽隊を先頭に兵士たちが行進するのを見て、突然何かが溢れてきて胸がいっぱいになる。足音が心に刻まれる。友情や恋愛、郷愁なんてものとは違う、もっと崇高な目標を、その時自分一人で選んでしまうんだ……」

そう言いながら彼は、少し嬉しそうだった。

「不幸になると思って、志願するやつはいない……。覚えておいてくれ。死ぬかもしれない、それもわかっていた」

私は、その言葉を書き留めた。

「当たり前のことだけど……、兵士になるということはそういうこと。すすんで自由と平等というやつを捨てるんだ。それも魅力の一つさ。人生を舐めている奴らには絶対にできない。

持って生まれた資質に誠実な、そういう風に生まれついた少年が一人前になろうとした。それを利用して戦場に送ったんだ。蜃気楼にでも感動できるように、とまでは言わないが、もっとやりようがあるだろう。こんなのはフェアじゃない」

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「子どもの貧困」

 

ある朝、「子どもの貧困」という見出しを新聞で見た。ただ、その言葉に、強い違和感を感じた。

社会現象、社会問題のように、マスコミは報じ批判する。例えば「不寛容な社会」というような言葉を使って。

助けなければいけないとしても、この言葉「子どもの貧困」を黙って受け入れるわけにはいかない。慣れてもいけない。「子ども」が親から切り離されている感じがする。

貧しい一家、貧しい一族、貧しい村、貧しい国、なら違和感はない。子どもは誰かに守られていて、誰かとセット、というイメージの中で捉えることができた。そこに、社会の主人公はいる。

でも、新聞で見た「子どもの貧困」という言葉の裏側には、孤立して、守り手が身近に居ない子どもの集団を感じるのです。あってはならないこと、を感じるのです。

「子どもは親の所有物ではない、一人の人格」などと言う人がいましたが、そんな哲学じみた偽善では、子どものお腹は一杯にならないし、心も満たされない。子どもたちには何も伝わらないし、こういう種類の責任回避を子どもたちは喜ばないと思う。子どもは庇護のもとに生きる人たち、可愛がられる人たち、愛されるためにいる人たちです。

「子育て」は、たぶん八割くらいの人たちが、それぞれに自分の子どもを可愛がって、寄ってたかって甘やかしていれば、全てがうまく回っていく。そういうもの。

ここに一枚の写真がある。タミルナード州のダリットの村で撮った写真です。この母子は貧しいのですが、その姿から私は不幸を感じない。

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信仰の対象となり、無限に多くの人々を励まし勇気づけてきた聖母子像は、母に抱かれる幼子、神の子の姿でした。人間性が生まれる原点がこの組み合わせにあるから、尊ばれ、拝まれてきたのでしょう。

欧米のように家族の定義が崩れ、半数以上の家庭が伝統的な家庭観を(血のつながりという形で)維持できなくなった国々では、「子どもの貧困」は欲(夢)の追求という流れの中で現れた「社会現象」かもしれない。しかし、日本はそこまで崩れていない。正直に、「親の意識の問題」と報道しないと、心の貧困化に歯止めがかからなくなる。

私たちがいま突きつけられているのは戦災孤児や難民の問題ではなく、干ばつや洪水に襲われた結果でもない。

水道の蛇口をひねれば澄んだ水が出て、スーパーマーケットには新鮮なカタチの揃った野菜があふれ、高級外車もたくさん走っている。子どもが怪我をしても、119番に電話をすれば救急車が駆けつけてくれる。塾帰りの小学生が夜道を歩くことができる。豊かさと治安という面では世界一と言って良いこの国で、「子どもの貧困」はすなわち「大人たちの心の貧困」「絆の希薄化」、「弱まってきた家族や親戚、友人の結びつきの問題」と指摘すべき。もし、それを阻むのが、プライバシーの侵害、個人情報、などという絆を分断させようとする言葉なのであれば、こういう言葉の裏にあるものに早く気づいて捨ててしまわないと手遅れになる。

物の豊かさに反比例するように、心の豊かさと信頼関係を捨て始めている人たちがいる。

聖書に、心の貧しき者は幸い、と書かれている。心の豊かさを求める者ということであって、心の豊かさを捨てることではない。仏教でいう他力本願は、幼児の隣に座ることが、易行道の本道ということ。これほど易しい道はない。

繰り返しますが、こういうことがまだ言える国、流れを変えることが出来る国だから私は言うのです。まだチャンスはある。

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一人ひとりの子どもの事情を知ることはできない。だからこそ福祉とか制度、という人もいます。でも、だからこそ家族、だからこそ「子育て」に対する意識、弱者に信頼されることの幸福感だと思う。一つの「貧困」の周りに、数人の「その子の小さい頃を知っている」親身な視線があれば、日本のように豊かな国はだいじょうぶ、弱者が強者の心を育てるという「子育ての道筋」があらわれる。

耕し直しができるとしたら、幼稚園、保育園、しかないのではないか、と私は言い続けてきました。ほぼ全員が親子でそこを通って行くからです。幼稚園、保育園をやっている人たちの意識が、子どもの最善の利益を優先し、親子関係がその根本になければならない、という二点でまとまれば、政府や経済界の思惑に関係なく、子どものための環境を耕すことはできるのです。園という単位がいい。村という単位に似ていて、強い。この数の人間の集団は、強い。

子育てが不得手な親、できない親は一定の割合で室町時代でも、どんな村にでもいたのでしょう。どの村にも二歳児がいるように……。それでも、八割くらいの人たちが、子育てにそこそこ幸せを感じていれば大丈夫だった。不得手な親も、社会に絆を生み出す「いい意味での」必要な欠陥になった。二歳児がどの村にでもいるように……。

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「保育の受け皿」という言葉にも同様の違和感を感じたのです。

「子育ての受け皿」と言い直せば、それがあってはならないこと、なのが見えてくるのに、意図的に人間性の問題を仕組み論に持っていこうとするやり方。祈りの世界を、学問の領域に持っていこうとする。こういう種類の言葉を使って、人間にとって一番大切な領域を、政府や学者が作る施策がポイと捨てようとしている。

ここ五年間で、政府は、保育の受け皿を50万人分作ったそうです。そして、待機児童は半分の1万3千人になったという。この数字に疑問を持ってほしい。そこにとんでもない矛盾があって、落とし穴がある。真の目標が覆い隠されている。

待機児童解消には、0、1、2歳児を保育園に預けて働く女性を八割以上にするという数値目標があって、それを政府は「子育て安心プラン」と名付けているのです。

「子育て安心プラン」は本来、親たちが自分で育てることができる環境を整えることであるはず。それが正反対の方向へ動いている。

乳幼児の親は、自分の親、つまりその子の祖父母に数時間赤ん坊を預けることにも本能的に不安を感じ、それが「普通」、それが子育ての出発点でした。子育ては、信頼関係がなければできないことなのです。信頼関係をつくること、つくろうとすること、つくることができたらそれに感謝すること、が子育てに必要な心の動きだったのです。言い換えれば、子育てを分かち合うことで、人間は、生き抜くための信頼と安心を手に入れてきた。

まだ待機児童がいるということは50万人の受け皿が埋まったということなのです。政府の保育施策は、もともと、預けようとする人を増やすことが目的なのです。労働施策、経済優先の雇用の数値目標が先にあって、だから「人間性」という現実と折り合いがつかなくなる。そこで生み出された現実は、公立保育士の非正規雇用化であり、いきなり50万人の子どもを引き受けさせられた保育士たちの苦労と苦悩であり、人材の自転車操業に追い込まれ疲弊化し続ける仕組み、つまり保育の質の低下なのです。

そして何よりも、親たち(父親たち、そして母親たち)の意識の変化、ここが一番怖い。それに気づいて欲しい。

こうした後戻りが不可能になりつつある失敗の裏に、保育の現実を知らない政治家や専門家たち、幼児と過ごす幸せを忘れた人たちがいる。

この無謀な数値目標をいまだにマスコミが煽り続けている。最近の報道です。

(「待機児童ゼロへ、14万人分の受け皿必要 政府が集計」https://www.asahi.com/articles/ASNB35R5DNB2UTFL01G.html)

マスコミの手助けで経済施策が進められ、幼児が後回しになっていく。

厚労大臣が、資格を持っていて保育の仕事に就いていない人が80万人いる。掘り起こせばいいんだ、と言ったことがあります。資格を持っていれば保育(子育て)ができる、と勘違いしている。この厚労大臣が言う「資格」は学問とビジネスに根ざした消費者の都合に合わせて作られた資格であって、人間性による選択がなされていないし、祈りの伝承も含まれていない。

他人の子ども、3歳児なら二十人と8時間楽しく向き合える人間はそうそういない。生まれつきか、育ちか、この人たちは特別な人たちであって、大切にされるべき人たちです。(私にはできません。)この人たちを使い捨てにしてしまう仕組みを、規制緩和、市場原理、成長産業という言葉を使って政府は作っていった。

政府の思惑に誘導された大人たちの子育てに対する心境の変化で、人間たちが親身な関係を失い始めている。様々な場面で、寂しがっている子どもが増えている。それは未来に繰り越していく悲しみであり、苦しみです。

慣らし保育の風景を見れば、犯している間違いの原点がわかるはず。

しかしその風景はほとんど報道されず、慣れればいい、と思い始めている。それが「進歩、発展」だ、という人たちさえいる。

子どもたちの役割が見捨てられ、それに慣れ始めている。その結果が「子どもの貧困」と母子家庭の苦境です。今、コロナウイルスで様々な苦境が洗い出されています。そして、税収減による福祉予算の削減はこれから数年続くのです。だからこそ、数人の親身な関係を生み出す「子育て」を、仕組みから親たちのもとに返していかないと持ちこたえられなくなる。

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以前、2代目若手男性園長が私に言いました。彼は、保育の風景を見ながら成長したのです。

「中学生の頃、慣らし保育で、『ママがいいー、ママがいいー』と泣き叫ぶ子どもたちを毎年見ていて、こんなことを人間がして良いはずがない。絶対保育の仕事には就くまいと思いました」と。

「一週間の慣らし保育で泣き叫ぶ幼児の映像をまとめて編集し、政治家に見せれば、保育はサービスだ、親のニーズに応えよ、などと安易に言わなくなるのではないでしょうか」と別の園長が言っていました。

慣らし保育。何に慣れるのか。「ママがいいー、ママがいいー」という叫びに慣れるのか、慣れて言わなくなることに慣れるのか。

0歳から預ければ「ママがいいー」という言葉さえ存在しなくなるのです。大切なもの、生きるきっかけのようなものが、一つ一つ消えてゆく。それに慣れようとしている社会に私たちは住んでいる。それに慣れた世代が、いつか気づいて「家族がいいー」と叫ぶでしょうか。

慣らし保育で「ママがいいー、ママがいいー」と叫ばれた母親は、自分がいい親だったから叫ばれたことを憶えていてほしい。それは勲章だったのです。

そして、その時お互いに流した涙は、人生で一番美しい涙だったかもしれない。毎日、子どもを保育園に置いてくるたびに心の中で涙してほしい。それに慣れないでほしい。保育士たちはそう願っています。

この2代目園長は、中学生だった時の、その時の記憶を忘れずにいま保育をやっています。中学生はまだ感性の人たち。してはいけない妥協を本能的に知っている。

だからこそ、一番心の次元での説得がしやすい人たちでもあるのです。私が一時間説明したあと、送られてきた感想文です。

中学生たちとの対話:http://www.luci.jp/diary2/?p=185。

中学生の感想文、その2:http://www.luci.jp/diary2/?p=186

「家族の形」が残っていなければ、幸福の伝承は一部の人間だけに許される特権になってしまう

「家族の形」が残っていなければ、幸福の伝承は一部の人間だけに許される特権になってしまう。