政府や学者が、「保育現場が追い込まれる」ことの意味を知らない

ーーーーーーーーー(前回からの続き)ーーーーーーーー

#7 政府や学者が、「保育現場が追い込まれる」ことの意味を知らない

以前は(15年くらい前は?)、少々未熟な若手でも、子どもたちに対する視線さえ良ければ、園で数年かけて一人前の保育士(子どもと居ることに喜びを感じる、子どもの幸せを願う、そして保育の重要性を知っている保育士)に育てることができました。

ほぼ全ての人間が、子育てをする能力を秘めている、その古(いにしえ)の法則は、幼稚園や保育園における職員たちの親身な上下関係があれば、ある程度は成り立っていました。ある程度は・・・、ですが。

新人保育者が数年間、ふつうの園にいてそこの風景を眺めていてくれれば、そして、親身なベテランが相談相手として周りに居れば「まあまあ」ですが、全体的に見て保育界は大丈夫だった気がします。

そうした、ぎりぎりではあったけれど、保育者がそれぞれに育ち、育てられる環境が、政府の「子育て支援策」で大混乱している。保育園が受ける0、1、2歳児の急増と、園庭などなくても、駅ナカやマンションの一室に保育園を作れば便利だというような安易な「待機児童対策」と規制緩和によって、急速に保育界の骨組みが崩れ始めているのです。「子どもたちの成長に関わる保育」から、「親の利便性に応える保育」に移行している。その結果、保育園で子どもが育つことの意味合いが違ってきている。現在の保育事情は15年前のそれとはまったく違うのです。親たちの意識も違うし、保育士たちの疲労度が違う。何よりも、両者の間の信頼関係が急速に薄れてきている。表には出てこない「ヒヤリ、ハッと事件」が確実に増えています。これが10年先どうなっているのか。

何も言わずに置き手紙で辞めていってしまう一年目の保育士が一人いるだけで、現場が窮地に追い込まれる。次が見つからない。政府が認可された制度にしてしまった小規模保育などでは、それが日常茶飯事になっています。子どもに対する保育の質どころではない。人員の国基準を満たすことさえ危うくなっている。派遣会社に電話するか、再び危ない若手を採用するか、規則を無視して無資格者に来てもらうか、安心して保育が続けられる手立てがほとんどないのです。だから、小規模保育では「資格者半数でいい」などという異常な規制緩和が反論なしにまかり通ってしまったのでしょう。

政府や学者が、「保育現場が追い込まれる」ことの意味を知らない。もう遅すぎるくらいなのに、まだ理解しない。

 政府や学者が、「親たちが子育てに幸福感を抱かなくなること」の意味を知らない。http://www.luci.jp/diary2/?p=1839

失礼な言い方を承知で言えば、福祉の限界を市場原理で誤魔化そうとしても、老人相手の介護施設ならまだいいのかもしれません。老人は発言できますから。(介護保険制度がそうでした。)

でも、子どもたちは発言できない。そして、保育は子どもたちの日常であって、そこでの「人間対人間」の体験や「保育士の気持ち」が、三歳未満児の脳の発達に影響を及ぼし、親子の一生に関わってくるのです。考えればわかるでしょう。それは、国の将来に、すぐに関わってくるということなのです。

「脳の発達を考えれば、3歳未満児は何を教えられたかより、どう扱われたかが人生を決める。丁寧に『可愛がる』が基本。保育士の人間性がより問われてくる。保育士不足で、現場が保育士を人間性で選ぶことができなくなっている。政府が幼児の「扱いかた」をわかっていないからこういうことになる。」

(という私のツイートに)

「心にささりました。資格持ってるだけでいいので、是非うちの園に来て下さい状態です。発達障害が疑われる職員でさえ、是非!と受け入れなければ、保育士が足りません…。」

(という現場からの返信。)

こんな状況で、まだ「40万人分、保育の受け皿を作る」という目標を政府は下ろさない。その意図がわかりません。自分が当選している間だけうまくいけば、この国の将来はどうなってもいいというのでしょうか。繰り返しますが40万人の中身は、自分を守れない3歳未満児です。

私も短大の保育科で8年間教えていたことがあります。短大の保育科では真剣に学んでもらわなければ困る、4年制の大学とは違う、ここで資格をとって働くということは幼児の命に関わる仕事にそのままつくということ、と説明して厳しい授業をしました。短大を選び、2年後には現場に出ようという覚悟を持った人たちは高校生の時に人生の道を真剣に考えた人たちで、よくついてきてくれました。

その時の教え子たちの中にいまでも現場に残っている人たちがいます。「保育」に人生を預けた人、生き甲斐を見い出そうとした人たちです。彼女たちが、「保育はサービス」「成長産業」と定義した国の施策の中で苦しんでいる。

公立保育園に勤めて20年、自分は正規でもまわりの非正規雇用化に戸惑う人。若い保育士たちと「気持ち」や「思い」が重ならない。親たちの意識の変化に耐えきれなくなっている人もいます。

私立幼稚園の主任になって、退職した先生の穴埋めに奔走する人。自分の仕事・役割ではないのですが、4月からも子どもたちは園に通ってきます。短時間の派遣で保育はできませんよね、と電話がかかってきます。

保育という仕事に人生を捧げようとした人たちが、これで良かったのだろうか、と自分の選択に疑問を抱き始め、不安になっている。

二十数年前、「子どもたち、その親の人生さえ左右する、責任ある、でも素晴らしい仕事です」と授業で激励した私は、彼女たちの人生にも責任がある気がする。

こんなはずではなかった、と私も思う。でも頑張ってみるしかない、と励まし合うのです。

「新しい経済政策パッケージ」http://www5.cao.go.jp/keizai1/package/20171208_package.pdf