教育と子育ての両立

教育と子育ての両立

教育という言葉と子育てが混同され、義務教育の普及によってそれがますます進んでいます。学校教育への「子育て」依存度が増してきていることの表れとも言えるでしょう。これが加速すると学校教育自体が維持できなくなる。アメリカという国が50年前に通った道です。(参考資料ブログを後述)

教育と子育ては、時に表裏一体ですが、本来その動機において著しく異なります。欲と無欲、暴力と非暴力、ほどにも異なる。

政府が進める待機児童対策の裏に、経済論を柱にした「社会で子育て」(仕組みで子育て)という考え方があります。乳幼児期から親子を保育園を使って引き放せば、女性が輝く、とまで首相が国会で言うのです。しかも、マスコミもほとんどそれに異論を唱えない。このまま、子育ては誰かがやってくれるものという意識が広がると、その結果、保育や学校、福祉という仕組みが一気に疲弊してくる。

学校という形でする「教育」は100年ほどの歴史しかない新しい人類未体験の実験で、欧米先進国では「家庭崩壊」というモラル・秩序の崩壊につながる現象を生んでしまった。一方、「子育て」は古代からの進化の過程に属するもの。人間性の原点が、双方向に、そこで培われる。その違いを思い出してほしい。

学校と家庭の両立、教育と子育ての両立、日本なら、まだ間に合うと思うのです。

 

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(以前、以下のような文章を書きました。現場を知らない文化人や学者によって政府の保育施策が進められることに苛立っていた頃です。すでに十数年が経ち、現場はますます追い込まれています。)

(拙著:「21世紀の子育て」から)

教育改革国民会議という政府の諮問機関の座長に、江崎玲於奈というノーベル賞をとった学者がいて、この人が先日テレビ朝日のニュースステーションに出演して言うのです。

「子どもの個性をのばさなければいけない。200人に一人は数学や物理に才能のある子どもがいるそうで、そういう子どもがのびるような教育をしなければならない。アメリカではちゃんとそれをやっている」

こんな人を座長にしているのですから、この政府が作った「国民会議」のいいかげんさは推して知るべし。(座長自体は人間的に、いい人だとは思います。それは直感的にわかります。)

 「アメリカではちゃんとそれをやっている」と言うなら、その前に、アメリカの教育が200人のうち40人の社会で通用するだけの読み書きのできない高校卒業生を生むこと、200人のうち3人の親がすでに学校を見離しホームスクールで子どもを家庭で教育していること、音楽や美術の授業はほとんどの学校で廃止されているということをどう考えるのかまず言ってほしい。高校の国語の先生の国語力が問われ、カリフォルニア州の司法長官が義務教育を指して「政府には子どもを強制的に危険な環境に送り込む権利はない」と言わしめ、大統領自ら率先して公立学校に制服を取り入れようと発言している現状をどう考えるのか。

生番組の短い時間内で、アメリカの現状を語るのはしょせん無理だとは思いますが、理数系の学校教育が今どうなっているか。

元宇宙飛行士のジョン・グレン上院議員が座長をつとめるアメリカ政府の教育諮問機関が、つい先日、数学と科学に関しては、先進国41カ国中アメリカの子どもたちの学力はほぼ最下位、しかも、学校で理数系を教える教師の20%が、理数系を教える教員資格を持っていない、理数系を教えることができる教員を増やすことが、アメリカにとっては死活問題、という報告をしていました。これが実態です。

なぜ実態を隠すようなことを日本の全国ネットのテレビで言うのでしょうか。その意図が私にはわからない。

ノーベル賞ももらったことだし、いまさら、自分の欧米体験を自慢して稼ぐ必要はないはず。日本は確かに研究者には不利な国ですから、それに苛立って少々欧米かぶれの発言をする学者が出現しても仕方がないとは思います。私が言いたいのは、なぜ、国民会議の座長にしなければいけないのか。なぜマスコミで「アメリカを見習ったほうがいい」という宣伝をしなければならないのか、ということなのです。

この学者は、音楽や美術の才能は「個性」と認めていないのでしょうか、数学とか物理とか、世の中で企業のお金儲けや競争に役に立つものだけが個性だと思っているのでしょう。とてもアメリカ的考え方かもしれません。

芸術は役に立たない、そうした片寄った考え方で、アメリカの公立学校から音楽と美術の授業が消えていったのです。

 私は音楽家でもあるので、こういう発言には腹が立ちます。

音楽という「祈り」と重なる不思議なものが、こういう時代だからこそ必要なはずです。

昨年アメリカでヒットし日本にも来たハリウッド映画「ミュージック オブ ザ ハート」を見ていただければ、アメリカの学校教育の中で、音楽がどれくらい軽んじられているか、その中で、音楽を愛する教師と子どもがどれだけ苦しみ、絶望感を感じ、また損をしているかがわかると思います。数年前に上映された「陽のあたる教室」という映画も、オレゴン州で公教育から音楽の授業が廃止された時の話でした。

こういう映画をアメリカ信仰の日本人が見ると、それは情熱を持った素晴らしいアメリカ人教師の話になってしまうのでしょう。たしかに素晴らしい教師の話かもしれませんが、その背景に、音楽の授業が消える、というだけではなく、アメリカの学校教育システムの崩壊、教師の堕落、子どもたちの心の荒廃、画一教育ができなくなってしまった現実、そうしたものがたくさん映し出されているではありませんか。

《今年のハリウッド映画のヒット作に「Pay it forward」(日本ではペイ・フォワード)というのがあります。是非見て下さい。アメリカ社会のすべてが理解できます。主人公の少年を取り囲む環境、人間関係、家族関係は、もはやこの国ではけっして特殊なものではない。》

 「学問」の対極にあるのが「芸術」なら、システマチックな幸福論と祈りの幸福論のせめぎ合いがそこにあるのかもしれない。しかしアインシュタインの写真をじっと見ていると、この人が「祈る人」であったことは間違いない。回り道をせずにシステムと祈りを直結できる人が必要です。

The high school dropout rate in the United States is 27% – in Japan the rate is 5% and in the former Soviet Union the rate was 2%.

-U.S. Department of Education

Illiteracy is not a problem for just a select group of people. According to the National Education Association, 41% of illiterates are white, 22% are English-speaking African Americans, 22% are Spanish speaking, and 15% are other non-English speaking peoples.

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アメリカにおける学校教育やそれに伴う家庭崩壊について。ブログにいくつか書きました。

「ホームスクール(学校教育システムの否定)・第三世界型学校教育・ベトナム難民の子どもたち」

http://www.luci.jp/diary2/?p=1064

「米国におけるクラック児・胎児性機能障害(FAS)と学級崩壊」

:http://www.luci.jp/diary2/?p=1428

「より良い生活(Better Life)の幻想」

http://www.luci.jp/diary2/?p=1079

「プジェクト2000」国が用意するシステムと家庭の境界線

http://www.luci.jp/diary2/?p=1062

「“行方不明児20万人”の衝撃 「中国 多発する誘拐」/アメリカの現実」

:http://www.luci.jp/diary2/?p=276