パズルの組み方が上手になること/一日保育士体験、高知県教育委員会の取り組み

2012年4月

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 埼玉県の特別支援学校で教師による虐待があったのでなないか、という報道がありました。状況を録音した音がテレビから流れて来ました。罵声と何かを激しく叩く音。怒鳴る相手が、母親にうまくその出来事を伝えられる能力のなかった、障害を持っている子どもだったことを考えると、その女性教師の叫び声はまさに異常でした。見るに見かねた職員によって録音されなければ、親にも知れず、そのまましばらく過ぎて行ったかもしれない。それが本来の人間の絆で成り立っているわけではないシステム・仕組みの恐ろしさだと思います。社会が子育てに関わることの恐ろしさだと思うのです。社会の実態が「人間たち」だったら良いのですが、システムが社会そのものになってゆくと必ず弱者を守りきれなくなる。だから、現実的問題は色々あったとしても、親の代わりはいない、ということを私たちは一つの常識として意識し続けなければいけないと思うのです。

 一昨年までその仕組みの一員として県の教育委員を4年つとめた私には、身内で起こった出来事のようで報道を見ながら呆然としてしまいました。無力感を感じました。

 保育士による虐待が家で報告出来ない三歳未満児によく起きるように、発言能力が著しく低い者たちに対してしばしば人間はこういうことをする。だからこそ、まわりの人間が気をつけて、いつでもどんなことでも話し合える絆をたくさんお互いに持っていなければならない。システム依存から起きる信頼関係の欠如が進み、社会全体の生きる力が著しく疲弊している状況のなかで、あってはならないことが起こっています。それを私たちは知っているはずです。

 児童養護施設でも、学童でも、老人介護の現場でも毎日どこかで起こっている。この国の根幹を崩してゆく不信感の連鎖です。それをどこで止めるのか。間に合うのか。

 でも一番はっきりしていることは、これからも幼児たちは生まれてくる。そして私たちには努力する責任がある。

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 私たちからいい人間性を引き出し、言葉の通じないコミュニケーションを私たちに強いることで想像力や理解力を高めてくれるはずの人たちが、虐待され始める。30年前にアメリカで私が見た福祉の現場が人間性を失ってゆく風景そのままです。性的虐待が高齢者福祉から始まり低年齢層に降りてゆく。そして、少女の5人に1人、少年の7人に1人が近親相姦の犠牲者という状況まで進むと、もはや止めることは至難の業です。人間たちに絶対的に必要な「絆」がゆがみだすと、強者が幸せを求めることが弱者の不幸につながりはじめる。家庭が原点になり学校教育が崩壊してゆく。優秀な教師、良識のある人材がある日突然ベッドから起き上がれなくなり、 教育現場から去ってゆく。そして、急速にシステムは心を失い形骸化してゆく。そのスパイラルが、日本にも確実に起こり始めている。その方程式に日本も組み込まれ始めているのです。


 「子育て」という選択肢のない一つの「苦労」が社会に信頼関係と祈りと絆を生む、という自然の流れが止まりつつある。

 数年前、埼玉の特別支援学校で、教師たちが重度の障害を持った子どもたちに立派に育てられている姿を見ました。身動きが満足に出来ない中学生が、言葉にはならない言葉で、教師をゆっくりゆっくり育てている風景を見ました。その日教えたことが次の日には無になっているような関係だからこそ、結果を求めず、教える側の人間性が育つ。

 親心とは心の底で損得勘定から離れること。特別支援学校で私が見た教師と生徒の関係は、親が乳幼児を育てる風景、乳幼児が親を親らしくする風景と重なるものでした。

 視察のあとに私が、そう感想を述べると、そうなんです、私たちが育てられているんです、と涙を流す先生がいました。だからこそ今度の出来事は悔しいし、腹が立つ。管理する者たちの手で止めることが出来たはずだから、言い訳がなりたたない。言い訳してはいけない。

 こうしたことが起こっていることが現在の子どもたち、特にコミュニケーション手段を制限された弱者を囲む環境なのだということを社会全体で認識し、福祉や教育といったシステムが人間性を育む場、教師や保育者と親たち祖父母たちの間に信頼関係が育つ場になるように変えていかなければなりません。一緒に幼児をながめれば、かならず人間の心は一つになります。それがスタートだったのです。

 

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 障害児、障害者、認知症のお年寄り、0才児も含めて寝たきりの人、一人では生きられないであろう弱者はどんな時代にも社会の一部として存在しました。最近専門的な名前がついただけで、以前は名前をつけて分けなくてもいいくらい普通に一員として居ました。人間社会はいつも様々な命の組み合わせで成り立ってきたのです。

 古典落語の重要な脇役与太郎や若旦那は非生産的愛すべき人間です。そして、日本の昔話や民話の主人公に意外に多いのが怠け者。三年寝たろう,眠りむしじゃらあ、わらしべ長者。一見まわりの負担になったり、一人ではなかなか生きられそうにないひとたちと、パズルのように組み合わさって私たちは生きてきました。彼らを愛し、

 受け入れること、が幸せだと知っていたのでしょう。母性の国なのかもしれません。幼児たちから日常的に学んだのかもしれません。この人たちがいないと人間は淋しさに包まれる。生きている意味が見えにくくなる。自然を見つめ、自分の弱さを自覚出来ないとパズルの楽しささえ見えなくなる。ほんとうに様々な次元で、お互いに少しずつ教えあい、助け合い、生き甲斐を交換しあい、感性を育てあうのがこの国の伝統だったのです。

 そのパズルの組み方が上手になるために、なるべくたくさんの人たちが、0歳から5歳までの幼児とゆっくり時間をかけて付き合うことが必要だと思うのです。とくに0歳から3歳までの人間たちは特別です。この人たちを理解すること、否、「理解しようとすること」が人間社会が調和する元にあった。一つ一つの命の存在意義と存在理由を人間たちに、それとなく教えてきたのだと思います。

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 親と保育者、教師の心が「子育て」で一つになっていれば、保育者や教師による虐待は起こらない。だからこそ見張り合いではない信頼関係の土壌を耕す意味で、「一日保育者体験」を進めていかなければならない、と思います。

 2年前、全国教育委員長教育長会議の分科会で目の前に座った高知県の教育長に、私は一日保育者体験について熱心に説明しました。分科会での教育長の発言を聴いていて、情熱の人だ、この人には通じる、と思い、気合いを入れて説明しました。一ヶ月後に高知県の教育委員会から埼玉の教育委員会に部長さんと課長さんがやってきました。埼玉県の福祉部が作った事例集やポスターを見せて説明したのだと思います。(この辺りは、もうよく憶えていないのですが、高知県のホームページを見ていると品川区の影響もあるような気がしますし、埼玉県の事例集の影響があるような気もします。はぐくむ会の雰囲気も取り入れています。本来仕組みというのは、互いに育てあい育ちあう証。改良しあう、進化してゆくのがいいのです。子育てに正解がないように、仕組みにも実は正解がないのです。子どもたちのために、という物差しを中心に、確認しながら進化してゆくのがいいのです。)

 高知県から来たひとたちが「親心をはぐくむ会」に参加している園に、実際に「保育士体験」の見学にこられました。「はぐくむ会」から花園第二保育園の高木園長先生が代表で高知県まで説明に行きました。そして、最近になって、高木先生のところにきれいな高知の「事例集」が送られてきました。すぐに、それを高木先生が「速達」で、私に送ってくれました。とてもわかりやすく、取り組みの成果と意気込みが載っていました。良かったという親たちの感想と、よかったという保育者たちの感想が各園ごとに並んで載っていました。両者の思いの上に、子どもたちの日々の生活があるのです。すごい、すごい、と高木先生と電話で喜びを分ちあいました。

(「プロセスと目的は一体でなければならない」:マハトマ・ガンジー。)

 一日保育士体験の元にあるのは、「弱者が強者から善性をひき出す」というガンジーのサティアグラハ。保育士体験をした親たちの感想文を読むとそれがよくわかります。父親たちの感想文を読むといっそうわかります。親心をはぐくむ会のホームページにその瞬間がたくさん積み上げられています。


一日保育者体験/

高知県教育委員会の取り組み



保護者の一日保育者体験推進事業

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/311601/hogosyanoitiniti.html

一日保育者体験実施園一覧表

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/311601//hogosyanoitinitijisien

保護者の一日保育者体験実施マニュアル

http://www.pref.kochi.lg.jp/uploaded/attachment/53460.pdf

茅野市の取り組み

http://www.city.chino.lg.jp/ctg/03091001/03091001.html

茅野市の保育士たちの感想文

http://www.city.chino.lg.jp/ctg/Files/1/03091001/attach/hk_taiken_9.pdf

品川区の取り組み

http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hp/menu000011100/hpg000011037.htm

 他にも、さいたま市、春日部市のホームページでも「一日保育士体験」の取り組みが紹介されています。「子どもたちが喜ぶからやる」それが根幹です。大人たちの心が一つになる原点です。

 埼玉県議の森田俊和さんの県議会での「一日保育士体験」に関する質問と福祉部の答弁は以下のページで見ることができます。森田議員は子どもが「育む会」の会場にもなっている熊谷のなでしこ保育園に通っていて(今年卒園?)、育む会の准メンバーといってもよい人、三度に一度くらい毎月の勉強会にこられます。

http://www.pref.saitama.lg.jp/page/gikai-gaiyou-h2206-j030.html

映像で見る一日保育士体験

 http://www.youtube.com/watch?v=jvu4mKfzmJU