『~「愛着障害」と子供たち~(少年犯罪・加害者の心に何が)』

 4年前、NHKのクローズアップ現代で、『~「愛着障害」と子供たち~(少年犯罪・加害者の心に何が)』が放送されました。そこで、いくつかの証言がありました。https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3613/1.html 児童虐待やDVがこれほど増えている時に、今一度、真剣に耳を傾けるべき証言です。

 関東医療少年院 斎藤幸彦法務教官:

「職員にベタベタと甘えてくる。逆にささいなことで牙をむいてきます。何が不満なのか分からないんですけども、すごいエネルギーで爆発してくる子がいます。なかなか予測ができない中で教育していかなければいけないというのが、非常に難しいと思っています。」

 養護施設の職員:

「養護施設に来る子供たちっていうのはマイナスからの出会いなので、赤ちゃんを抱いているような感覚でずっと接してきました」

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 裁判で生育歴、幼児期の愛着障害が減刑の理由になる事件が日本でも起こっている。放送のあと、ある行政の方から電話があり「この番組を見て、政府は4月から始める『子ども・子育て支援新制度』をすぐにストップしてもいいくらいだと思います。幼児期の大切さをまるでわかっていない」。

 養護施設や児童相談所、そして保育の限界をすでに知っている課長には、『子ども・子育て支援新制度』でそうした子育てに関わる福祉制度の重荷がさらに増していくこと、それが、とても受け切れるものではないことがわかるのです。現場を知らない者たちが乱暴につくる仕組みに怒りさえ覚えるのです。まず自分が直接的に関わっていて、規則に従わざるを得ない公立の保育所が、人材的にも精神的にも受けきれない。内閣府のパンフレットの表紙にある、「みんなが、子育てしやすい国へ」の実態が、「みんなが、子育てを押しつけ合う国へ」にしか見えない。すでに、保育士や行政は追い込まれている。定年や異動のある役人や保育士は逃げることができる。でも、子どもたちと親たちは、この国の施策によって作られた異常な環境から生まれる結果から、一生逃げられない。

 犬には「噛み付き癖」「吠え癖」がつくから生後8週間母犬から離さない、という法律が国会で全会一致で可決されたのです。生後8週間で子犬はちょこちょこ走っています。人間なら2歳くらいでしょうか。人間の子を守る法律を先に作るべきでしょう。

 なぜこういう順番になるのか、そろそろ気づいた方がいい。なぜ社会学者やマスコミが、こういう犬優先の明らかな矛盾を指摘しないか、優先順位がなぜこれほど狂ってしまったか把握するときに来ています。

 ニューロン(脳細胞)の数が一番多いのは人間が生まれる直前で、生まれるときに大量に捨てるのだそうです。捨て方には個人差があって、それが人生に影響を及ぼす。http://www.luci.jp/diary2/?p=239

 人間は、このニューロン(脳細胞)をシナプスというものでつないでゆく。それをニューロンネットワークといって、個人で異なる「思考」の仕方はこのネットワークのつながり方、そのあり方で決まるのだそうです。

 そのニューロンネットワークが、生まれて一年くらいで最多に達する。そこから、思考の回路を自ら削除してゆく。環境や体験にあわせて回路を捨てることによって、どういう考え方がその環境で生きて行くために重要かという優先順位を、その時の体験から決めていく。集団でないと生きられない「人間としての基本的な生き方に」加えて、言語や文化、伝統、習慣、常識といったその社会で生きるための知恵や知識が、共有する思考形態として定まってゆくのです。

 生まれる直前の脳細胞の捨て方と、その後数年間の環境に左右されるニューロンネットワークの捨て方が「個性」や「人格」となって、お互いを必要とする関係を生み出す。別の言い方をすれば、人間は全員が相対的発達障害(先天的+後天的)であって、それが「絆」をつくるためのパズルの凸凹になる。このパズルの凹凸が、いい方向に働き、摩擦の原因にならないために「利他」という幸福感が存在する。

 弱者に優しくすることによって幸せが得られるという遺伝子に組み込まれている仕組みが、「子育て」、特に「幼児の子育て」によって双方向にオンになっていく。それが、人間が「生かし合う」ために必要なのです。

 脳の重さはほぼ五歳で成人並みになると言われていますから、生きるために減らしてゆくニューロンネットワークの数と脳の大きさが一番相乗効果を生んでいるのが四歳くらいで、人の思考の可能性、感性がそのころ最大となるのではないか。

 私はその状態を、「信じきって、頼りきって、幸せそう」という宗教的なものさしから、四歳児で人間は、最も幸せでいられる可能性を持っている姿として一度完成するとしました。この人たちをなるべく多くの人たちが、毎日眺めて暮らすことで、調和の道筋が整っていく。

 一人の人間をニューロンに置き換え、人間同士の「絆」をシナプスと考えると、人類の目的が見えてきます。「生きる力」とは個の自立を目指すことではなく、「絆」を作る力です。信じあい、頼りあうことが「生きる力」です。

(だからこそ「話しかけない保育、抱っこしない保育」http://www.luci.jp/diary/2013/12/post-225.html の出現は進化のプロセスにおける強い警告だと思います。)

(NHKの視点論点から・子ども・子育て支援新制度の原点:http://www.luci.jp/diary2/?p=1113)