「概ね、で始まって、望ましい、で終わるような規則で乳幼児を守ることはできません」

来年施行される新しい保育指針には、3歳未満児の保育、発達の重要性について、以前よりスペースを割いて詳しく書かれています。それ自体は、いいことです。これからますます負担が増えてゆく未満児保育の、親子の人生における位置、大切さ、負っている責任を考えれば、ただ資格者を揃えて預かればいいということではありません。その資格者がどういう保育をするか、乳幼児期の発達をどのように理解しているかがますます重要です。
子ども・子育て支援新制度で小規模保育や子ども園、家庭的保育事業などを増やし、待機児童対策と銘打って、実は雇用労働施策なのですが、政府はこれだけ未満児保育の枠を広げたのですから、指針により詳しく書くのは当然だと思います。
腹立たしいのは、枠を広げることで起こっている慢性的な保育士不足、つまり募集しても倍率が出ない状況が全国で起こっていて、それが一方で保育界全体の保育の質を下げているのですから、保育指針の改訂が問題の根本的対応にまったくなっていないこと。指針にいくらいいことを書いても実行する保育士の質がますます危うくなっているのですから、保育の質は上がらない、意味がない。

 (本当は意味があるのですが、政府の思惑や、すっかり後手に回っている、保育・教育における施策を見ていると手厳しく言いたくなってしまう。意味はあります。がんばりましょう。)

続けます。3歳未満児主体に保育をする小規模保育は資格者半数でいい規制緩和をして、保育指針の内容を充実させても、本末転倒です。結局、政治家や学者の「やったふり」、失敗した施策の責任逃れにしか見えない、私には。しかも、小規模保育や家庭的保育事業は、この指針に「準ずる」保育でかまわない、と指針の中に書いてある。最初から逃げ道をつくっているのですから狡猾です。これで、本気で未満児の命、日常を守る気があるのか、と憤りさえ感じます。

(以前、役場の人が言っていました。「概ね、で始まって、望ましい、で終わるような規則で乳幼児を守ることはできません」と。)

確かに、保育士の待遇改善は進んでいますが、待遇改善をしてもらうには研修を受けなければならない。単に給料を上げればいいだけなのに、ハードルを作って格好をつけようとする。誰に向かって何を正当化しようとしているのか知りませんが、ただでさえ保育士不足で困っている現場から、研修の名で保育士を奪ったら、それだけ、その日、同僚の保育士たちが困るのです。現場が見えていない。加えて、研修で「保育はサービス、親のニーズに応えるのが保育」などと、今進められている施策を説明され、それが昇給の条件でもあるかのように押し付けられたら、保育における「子育て」「親育て」という本質はますます失われてゆきます。
昔、未満児保育をしないと主任加算をしない、などと、トンチンカンで理不尽な要求をされた記憶がよみがえります。