深刻な人手不足

「学校が保護者から『教員募集』 千葉市がチラシ、深刻な人手不足背景に:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190925-00000012-jct-soci.view-000」という記事がありました。小学校の教員募集に関して言えば、東京都で倍率が1.3倍にまで下がっているそうです。以前から教育委員会に、倍率が2.4(だったと思う)を下回ると教師の質を維持できないという「神話」があったのを思い出します。

関連記事の中に、

「ブチ切れ女性教員の本音炸裂 教育困難校「勤務」ブログがすごい。https://www.j-cast.com/2017/02/11290313.html?in=news.yahoo.co.jp」というのがあって、親と教師が心がバラバラになってしまった現場の姿が見えます。

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以前、政権が民主党に変わったころ、後に三党合意で「子ども・子育て支援新制度」と名前を変え現政権が受けついだ「子ども・子育て新システム」が発表されました。保育士たちが「新システムが言う子育て支援は、子育て放棄支援ではないか」と反発する規制緩和と、幼稚園と保育園を一体化させる幼保一体化構想が乳幼児保育の量的拡大を目指して始まりました。

当時「新システム」の中心にいた発達心理学(家族・親子関係)の学者(幼保一体化ワーキングチームの座長)が、「保育の友」という雑誌でこう発言しています。

「これまで親が第一義的責任を担い、それが果たせないときに社会(保育所)が代わりにと考えられてきましたが、その順番を変えたのです」。

よほど仕組みを充実させたとしても軽々に口にしてはいけない、人類の生きる動機や進化の過程にかかわる発言で、幼稚園教育要領と教育基本法を否定する発言でもあります。(「幼稚園教育要領、第十条: 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって…」)

子どもの権利条約違反と言ってもよい。

記事を見せに来た園長は、「保育士一人で4、5歳児なら30人、3歳児は20人、家庭的な役割など果たしようがない。毎年担当は代わるのです。どの担当が第一義的責任を担うんでしょうね。絶対に不可能」と言い、別の園長は「やろうとしてはいけない。できるようなことを親に言ってもいけない。若い保育士には繰り返し、親の代わりはできないんだからね、と言い続けなければ保育ではない」と憤っていました。

補助金で成り立つ保育事業は国の施策には反対しにくい。公立保育園の保育士は従わざるを得ない立場にある。だからこそ施策が何を目指しているのか、丁寧に現場を納得させていくことが不可欠になる。国の経済のため、では保育士も子供も納得しない。

国の子ども・子育て会議が、「子ども・子育て支援新制度」で11時間保育を『標準』と名付け8時間勤務の保育士に担わせることは、これに慣れろ、もう親身なるなと言っているようなもの。そのことに会議に出ていた「専門家」たちが気づかない。その日、子供を見る保育士が必ず二人になる。二人目は無資格でいいという。親の意識が「この人にお願いする」から、「この場所(システム・制度)に預ける」に変わる。そして、いつの間にか、たくさん預かる街が「子育てしやすい街」という奇妙な図式が定着する。「第一義的責任」がますます宙に浮いていく。

人間は環境や仕組みに慣れる。それは生きる力でもある。しかし、慣れてはいけないこともある。

親たちの希望やニーズに沿った社会を目指せば、やがてそれは親たちの「子供を育ててくれない社会への不満」につながる。そして、仕組みはこの親たちの不満をフォローできない。それが、育児ノイローゼや幼児虐待、家庭崩壊、犯罪の増加へと進んでいく。

関連記事の中にもう一つ、ホッとする記事がありました。読んでいると、日本の親たちはまだ大丈夫かもしれない、と思えてきました。子育ては一人一人が取り組みさえすれば、人々の絆を深める力がある。一人では子育てができない、それが人類の生きる力です。

「PTAをなくした小学校16年目の真実 「いいことづくめ」の美談のはずが…。https://www.j-cast.com/2017/03/15293108.html?in=news.yahoo.co.jp」

「持続可能な社会保障」?

私は、親の保育士体験(年に一日8時間親が一人ずつ園で幼児に囲まれて過ごす。幼稚園は5時間)を薦めてきた。県単位で取り組むところが4県。きっかけは15年前「実習先の園の半数で保育士による虐待を見る」という学生たちからの訴えだった。「先輩から、あの園に実習に行くと、保育士になる気なくなるよ、と言われている園が三つあります」という証言もあった。実習生を受け入れる園で、実習期間中に、そうなのであれば、実習を受け入れない園では半数どころではないはず。園児たちがそれを見ている。そこで刻まれる不安や不信が将来のいじめ、DV、児童虐待、奇妙な犯罪に連鎖していてもおかしくない。

(「保育の現場 潜む虐待 突き飛ばす、怒鳴る、差別する。」東京新聞:https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201811/CK2018111602000147.html)
(「てめぇら!」響く保育士の怒鳴り声 “ブラック保育園”急増の背景” AERA Dot.:https://dot.asahi.com/wa/2017052400011.html)
(保育士の虐待「見たことある」25人中20人:東京新聞:https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/hoiku/8494/)

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政府が目標に掲げる「持続可能な社会保障」、その施策の一部に、将来のモラル・秩序、治安維持や労働力確保を脅かしかねない「幼児たちが見る異常な風景、するべきではない体験」が組み込まれている。見えない不良債権が積み重なっている。全ての人生が互いに連鎖する人間社会において、その連鎖を浄化し、善循環にしてきた「幼児期の体験」が、経済優先の仕組みによって人間不信、不安の連鎖に変わろうとしている。放置すれば、福祉や教育が支えると思われた「社会保障」が財源と人材の両面から崩れていく。社会保障は数字で成り立つものではない。必ず「利他」の幸福論がその中心になければならないことに気づいてほしい。

「卵が先か、ニワトリが先か」

https://www.youtube.com/watch?v=BoEc_UNNmPg
ライ・クーダーのThe Slide Areaというアルバムにある「卵が先か、ニワトリが先か」という曲で尺八を吹いています。思考するのに、ちょっといい感じです。

保育の無償化、子育ての無償化、という施策の危うさを考える度に思うのです。
今この瞬間、日本よりはるかに貧しい国々で、人々は子育てに人生の意味や喜びを感じ、先進国社会以上に子どもをつくり、育て、経済的には苦労しながらも、その苦労を分かち合うことに生きる動機を見出している。その人たちに、タダにしてあげるから子育てを「受け皿」に任せなさい、と言っても不思議な顔をされるだけ。

「卵が先か、ニワトリが先か」。親が子どもを育てるのか、子どもが親を育てるのか。

日本の子どもは6歳くらいまで父親の肩車を降りない。150年前に欧米人が驚き、書き残した「この国の」素晴らしさ、父親と幼児たちが自然に、常に一体で、ニコニコ暮らしていた描写を「逝きし世の面影」(渡辺京二著)に読むと、最近の経済優先(損得勘定)の施策とは別の次元に存在したこの国の価値が見えてきます。子育ては、国が「無償」でやるものではなく、人間が「無償」の意義を知るためにある。そんなことを考えます。

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“虐待入院”と愛着障害

ここ数年、児童虐待の増加については繰り返しマスコミでも報道されています。乳幼児期の愛着関係の大切さについても様々な指摘がされています。経済政策で母子分離を奨励している政府は、こうした警告に真剣に耳を傾けてほしい。

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(2年前の報道です)

知られざる“虐待入院” ~全国調査・子どもたちがなぜ~  

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4011/ (クローズアップ現代、2017年7月20日(木))

「今回、小児科医のグループが全国454の医療機関に行った調査で、去年までの2年間でこの虐待入院を経験した子どもが全国に356人いたことが初めて分かりました。虐待入院の日数が1か月もの長期に及ぶケースがおよそ3割。最長で9か月近くも入院を続けた子どももいました。また虐待入院を経験した年齢については、生後間もない乳児から中学生以上の幅広い層に広がっていました。」

「去年(2016年)3月までの1年間の虐待相談対応件数は、およそ10万件。これは10年前のおよそ3倍に上っているんです。」

奥山眞紀子さん(国立成育医療研究センター 部長)赤ちゃんの場合ですと、例えば家庭にいれば適切な言葉かけがあり、それからいろいろなおもちゃと一緒に遊んだり、それから環境の変化もありますよね。そういう刺激というのが発達に非常に重要なわけですけれども、病院という中では非常に限られた空間で刺激の少ない生活になりますので、発達に影響を及ぼす危険性というのは非常に危惧されると思うんですね。それからもう1つは、子どもはやはり1対1の人間関係の中で守られるということを通して、「人を信頼する」という能力を身につけていくんですけれども、それがなかなかできない。いろいろな人が関わるけれども、「この人は」という1対1の人間関係ができないということが、後にいろいろな影響を及ぼす危険性というのがあると思います。

(例えばどんな影響が?)

やはり困った時に人を頼れないとか、どうしても引きこもってしまうとか、誰にでもベタベタするんだけれどもなかなか本当の関係性が作れないといったような問題が起きてくるということもありますし、将来的に人間関係がうまく作れない状態になるという危険性もあると思います。

(それは数か月こういう状況にあったとしても?)

赤ちゃんにとっての数か月は非常に長いですし、まして乳児期の数か月は非常に長いものだと思います。

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(ここから私見です。)

 国立成育医療研究センター部長の発言は、病院に入院している時の愛着関係の不足について危惧しているわけですが、発言が正しいとすれば、(国際的に常識だから子どもの権利条約やユネスコの子ども白書にも同様のこと、幼児期に特定の人間と愛着関係を築けることが生きていく「権利」として書かれているわけですが、)今の保育制度における、0歳で子ども3人に保育士1人、1~2歳で6対1という国の基準がすでに「後にいろいろな影響を及ぼす危険性」や「将来的に人間関係がうまく作れない状態になるという危険性」を広げていることになる。そして、すでに義務教育における学級崩壊や不登校、ひきこもり、いじめ、のみならず、児童虐待の増加という現実になって現れています。

 全国放送で具体的な警告が発せられているにも拘わらず、国は2年前の子ども・子育て支援新制度で11時間保育を「標準」と名付け、こども園を増やし、小規模保育の基準を緩め、保育界に一層の長時間保育を促した。政策として、与野党ほぼ一体で、労働力確保のために乳幼児期の母子分離を進めていった。。

 選挙の度に、叫ばれる「待機児童をなくします」が、この国立成育医療研究センター部長がNHKの番組で危惧した「後にいろいろな影響を及ぼす危険性」や「将来的に人間関係がうまく作れない状態になるという危険性」を広げていることに気づいていない。「三歳児神話は神話に過ぎない」などと文化人類学的に意味不明なことを言って、この問題を直視することを避けている。http://www.luci.jp/diary2/?p=254。幼児の笑顔が、資本主義を進める欲のエネルギーの対極にあることを恐れているのかもしれない。そして、いま保育や学校教育、児相や養護施設が共倒れになろうとしています。

 最近頻繁に聞く話ですが、保育士不足が決定的になり質の落ちている保育環境の中で、園長が保育士に、0、1歳には話しかけるな、抱っこするな、と平気で言う。話しかけると後々話しかけられて面倒になる、抱っこしなければ、そのうち諦めて「抱っこ」を求めなくなるから、と言う。幼児たちの諦め、「抱っこ」を求めなくなることが、子どもの脳の発達そのものであって、刻まれた記憶と形成された思考回路が子どもの行動に一生影響を及ぼすことになる。センター部長が指摘する、「人を信頼する」という能力が社会全体で弱まっていくことになる。

 「子どもが活き活きとしたら、事故が起きる確率が高くなる」と言いきる園長まで現れる。保育界の質はそれほど落ちている。まったく「抱っこしてもらえない」とまで劣悪ではなくても、子ども6人を一人で受け持って子どもたちの望み通り「抱っこ」しようとしたら保育士が腰を痛めてしまいます、絶対に無理です、というベテラン保育士の指摘もまったくその通りで、普通に保育をしていても、子どもが「抱っこ」される時間は家庭で育っていた時に比べて極端に減っている。それが、ここ数十年やってきた国基準の保育なのです。

 親たちがそこそこ親らしかった頃は、それでもまあなんとかなっていたのかもしれない。義務教育も成り立っていた。しかし、そういう状況下で育った子どたちがある一定の割合を超えた時に、相乗効果、引き金の引き合いが起こり負の連鎖が一気に始まる。

 国立成育医療研究センター部長の発言にある、「困った時に人を頼れないとか、どうしても引きこもってしまうとか、誰にでもベタベタするんだけれどもなかなか本当の関係性が作れないといったような問題が起きてくるということもありますし、将来的に人間関係がうまく作れない状態になるという危険性もあると思います」という指摘通りのことが日本中で始まっている。学校教育の中で、学級崩壊やいじめや不登校という現実になっている。

 1980年代、アメリカで虐待入院が7年間で4倍以上、年間13万人から57万人に増えた時期がありました。同時に近親相姦も増えていき、少女の5人に一人、少年の7人に一人が犠牲者と言われるようになり、家庭内、知人との関係における犯罪が急増していった。毎週乳児が親に殺されるという最近のフランスの状況もそうですが、人間たちが、子育てにおける「ある環境の変化」を体験した後に、子どもたちを傷つけ始める。

 犯罪率も含め、欧米に比べれば日本の数字は奇跡的にいいのですが、欧米が辿った道の入り口に立っている。最近の児童虐待や犯罪の増え方に注目し、様々な現場からの警告に耳を傾け、人間性に基づいた施策の転換を行わないと戻れなくなる。

 人間は、乳幼児に自らの自由を奪われ、彼らの、一人では生きられないが幸せそうな姿に救われる。自分の価値と可能性を確認する。「利他」の善循環を止めてはいけない。幼児たちと離れてはいけない。

『~「愛着障害」と子供たち~(少年犯罪・加害者の心に何が)』

 4年前、NHKのクローズアップ現代で、『~「愛着障害」と子供たち~(少年犯罪・加害者の心に何が)』が放送されました。そこで、いくつかの証言がありました。https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3613/1.html 児童虐待やDVがこれほど増えている時に、今一度、真剣に耳を傾けるべき証言です。

 関東医療少年院 斎藤幸彦法務教官:

「職員にベタベタと甘えてくる。逆にささいなことで牙をむいてきます。何が不満なのか分からないんですけども、すごいエネルギーで爆発してくる子がいます。なかなか予測ができない中で教育していかなければいけないというのが、非常に難しいと思っています。」

 養護施設の職員:

「養護施設に来る子供たちっていうのはマイナスからの出会いなので、赤ちゃんを抱いているような感覚でずっと接してきました」

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 裁判で生育歴、幼児期の愛着障害が減刑の理由になる事件が日本でも起こっている。放送のあと、ある行政の方から電話があり「この番組を見て、政府は4月から始める『子ども・子育て支援新制度』をすぐにストップしてもいいくらいだと思います。幼児期の大切さをまるでわかっていない」。

 養護施設や児童相談所、そして保育の限界をすでに知っている課長には、『子ども・子育て支援新制度』でそうした子育てに関わる福祉制度の重荷がさらに増していくこと、それが、とても受け切れるものではないことがわかるのです。現場を知らない者たちが乱暴につくる仕組みに怒りさえ覚えるのです。まず自分が直接的に関わっていて、規則に従わざるを得ない公立の保育所が、人材的にも精神的にも受けきれない。内閣府のパンフレットの表紙にある、「みんなが、子育てしやすい国へ」の実態が、「みんなが、子育てを押しつけ合う国へ」にしか見えない。すでに、保育士や行政は追い込まれている。定年や異動のある役人や保育士は逃げることができる。でも、子どもたちと親たちは、この国の施策によって作られた異常な環境から生まれる結果から、一生逃げられない。

 犬には「噛み付き癖」「吠え癖」がつくから生後8週間母犬から離さない、という法律が国会で全会一致で可決されたのです。生後8週間で子犬はちょこちょこ走っています。人間なら2歳くらいでしょうか。人間の子を守る法律を先に作るべきでしょう。

 なぜこういう順番になるのか、そろそろ気づいた方がいい。なぜ社会学者やマスコミが、こういう犬優先の明らかな矛盾を指摘しないか、優先順位がなぜこれほど狂ってしまったか把握するときに来ています。

 ニューロン(脳細胞)の数が一番多いのは人間が生まれる直前で、生まれるときに大量に捨てるのだそうです。捨て方には個人差があって、それが人生に影響を及ぼす。http://www.luci.jp/diary2/?p=239

 人間は、このニューロン(脳細胞)をシナプスというものでつないでゆく。それをニューロンネットワークといって、個人で異なる「思考」の仕方はこのネットワークのつながり方、そのあり方で決まるのだそうです。

 そのニューロンネットワークが、生まれて一年くらいで最多に達する。そこから、思考の回路を自ら削除してゆく。環境や体験にあわせて回路を捨てることによって、どういう考え方がその環境で生きて行くために重要かという優先順位を、その時の体験から決めていく。集団でないと生きられない「人間としての基本的な生き方に」加えて、言語や文化、伝統、習慣、常識といったその社会で生きるための知恵や知識が、共有する思考形態として定まってゆくのです。

 生まれる直前の脳細胞の捨て方と、その後数年間の環境に左右されるニューロンネットワークの捨て方が「個性」や「人格」となって、お互いを必要とする関係を生み出す。別の言い方をすれば、人間は全員が相対的発達障害(先天的+後天的)であって、それが「絆」をつくるためのパズルの凸凹になる。このパズルの凹凸が、いい方向に働き、摩擦の原因にならないために「利他」という幸福感が存在する。

 弱者に優しくすることによって幸せが得られるという遺伝子に組み込まれている仕組みが、「子育て」、特に「幼児の子育て」によって双方向にオンになっていく。それが、人間が「生かし合う」ために必要なのです。

 脳の重さはほぼ五歳で成人並みになると言われていますから、生きるために減らしてゆくニューロンネットワークの数と脳の大きさが一番相乗効果を生んでいるのが四歳くらいで、人の思考の可能性、感性がそのころ最大となるのではないか。

 私はその状態を、「信じきって、頼りきって、幸せそう」という宗教的なものさしから、四歳児で人間は、最も幸せでいられる可能性を持っている姿として一度完成するとしました。この人たちをなるべく多くの人たちが、毎日眺めて暮らすことで、調和の道筋が整っていく。

 一人の人間をニューロンに置き換え、人間同士の「絆」をシナプスと考えると、人類の目的が見えてきます。「生きる力」とは個の自立を目指すことではなく、「絆」を作る力です。信じあい、頼りあうことが「生きる力」です。

(だからこそ「話しかけない保育、抱っこしない保育」http://www.luci.jp/diary/2013/12/post-225.html の出現は進化のプロセスにおける強い警告だと思います。)

(NHKの視点論点から・子ども・子育て支援新制度の原点:http://www.luci.jp/diary2/?p=1113)

市長の決断、保育士さんの発言、母親の気づき、そして小野省子さんの詩

以前、「育休退園・所沢市の決断」

http://www.luci.jp/diary2/?p=279 をブログに書きました。

施策の内容は簡単に言えば、育児休業をとっている親の在園三歳未満児は、弟か妹を出産後、母親が育休に入って三ヶ月までは預かるが、それ以降は原則退園してもらう、という方針です。もっと簡単に言えば、育児休暇をとっているのですから二歳以下の上の子は一緒に育てて下さい、ということ。そして、育児休業期間が終わった時には、園に戻り、その際は弟妹も兄姉のいる園に一緒に入れる、という特典つきでした。三才以上の在園児は一号認定で保育園に残れますし幼稚園に入ることも可能です。

市長がマスコミやネットで批判を受けていたころ、新潟市で講演後の質疑応答の時に「所沢市の育休退園」について一人の保育士さんが意を決したように手を挙げ、発言しました。

「市長さんの、『子どもは親と居たいはず』という答えに感動しました。誰も言わなくなりましたが、あれが本当の答えでなければいけないはずです。他に待機児童がいるから、なんていう答えではいけないんです。どう思われますか?」と。

マスコミが半ば呆れ批判していた「市長が言ったこと」が、実は一番深い次元で、遺伝子のレベルで、双方向に正解で、それが土台になければ保育も子育ても成り立たない。子どもの思いを優先しなければ、保育自体が現状から立ち直れない、それを最近のサービス産業化する保育全体の流れの中でこの保育士さんは直感的に感じていたのだと思います。何かが根本的に間違っている。どこかで誰かがこの流れを変えなければ、自分たちの意志とは関係なく、自分たちの存在が子どもたちの不幸に連鎖していく、その現実が一番歯がゆいのだと思います。

保育園に通う子どもたちの日常を足し算すると、預ける時間が十時間近くになってきた今、子どもの気持ち、願いが一番気になっているのは保育士かもしれない。その視点や気持ちを施策の中心部に置いていない、ほとんど考慮もしていないことが、現在の保育に関わる施策の決定的な欠陥なのです。この人たちの気持ち、そして存在が保育そのものだという当たり前のことを忘れて議論が飛び交っている。

この保育士さんは、市長がこういう施策を「当選するため」にしていないのを知っている。

1年後、育休退園に反対していた母親が、仕方なく上の子と一緒に乳児を育てていて、それは大変だったのですが、ある日「上の子が下の子を可愛がる姿に感動したんです」と役場にわざわざ言いに来てくれたのです。こういう真実をマスコミは報道してほしい。

兄弟姉妹が一緒に過ごす「権利」、についてはだれも言わない。何か大切な「次元」が後回しになっている。

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姉弟

 

「幼稚園でもらっためずらしいおやつ、

こうちゃんにもあげたかったの」

お姉ちゃんがそっと小さな手を広げると

にぎりしめたワタアメが

カチカチにかたまっていた

 

「ひかりちゃんがいないと、つまんないわけじゃないよ

ただ、さびしいだけ」

私と二人だけの部屋で

弟は たどたどしくうったえた

 

人間は

かたわらにいる人を 愛さずにはいられない

幼い子供から それを教わる

 

by小野省子

HP:http://www.h4.dion.ne.jp/~shoko_o/newpage8.htm

多くのDVや児童虐待が保育の現場で止まっていた

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岩手県でキャリアアップ助成金保育士向け講習会を担当しました。二日間で15時間、話したいことはたくさんありました。でも、15時間と言われた時はびっくりでした。以前7時間、一泊二日羽咋(はくい)で石川県の園長先生たちに話したことがありました。その時も一泊でしたから夜の懇親会なども含めれば10時間くらいは話したのかもしれません。その時の倍以上の時間です。決まって半年間少しずつ準備しました。

大学(東洋英和女学院短大の保育科)で教えていた頃、一学期でそのくらいの時間講義をしたのですし、最近の保育施策の混迷と現場の窮状を思えば、内容的には心配ないはず。大切なのは、二日間で、しっかり印象に残る講習会にできるかどうかです。レジュメをまずしっかりつくりました。

人間にとって子育てとは、私の作ったインドの映像、(http://kazumatsui.com/sakthi.html)も見てもらい、質問もたくさんしてもらいました。保育の精神が壊されてはならない、いい研修にしなければと緊張し、気合も入りました。私を信じて15時間任せてくれた園長先生たちに感謝です。

保育の「受け皿」と国が名付けた人たちが、現場でやる気を失っていく。なんとか元気を取り戻し、この仕事の重要性とやり甲斐を理解してもらい、もう少し、もう数年頑張って欲しい。ここで保育が崩れたら義務教育がもたない。国やマスコミが本当の保育の重要性に気づく日はすぐに来る。

 

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保育はサービス産業になってはいけない。子育てに「受け皿」など存在しない。その事を理解してもらわないと、子どもと接する人たちから感性が失われていく。子どもたちに一番必要なのがこの人たちの感性。この国にいま一番大切なのが、この人たちの笑顔と親身さ。

最近のDVや児童虐待の報道を見るたびに思います。20年くらい前、保育がまだ保育らしく、「子どもの最善の利益を優先する」という指針の精神が生きていて、園長や主任たちが指針に示されているように、親を導き、時には叱ることができた頃、どれほど多くのDVや児童虐待が保育の現場で止まっていたか。「あの園長先生に救われた」、「あの時叱ってもらわなかったら……」そんな言葉を親たちからたくさん聞きました。この国のモラルや秩序を保育が支えていた時期が確かにあったのです。

8時間勤務の保育士に11時間保育を標準と名付け押し付けた子ども・子育て会議の「専門家」たちは、保育の本当の役割がどこにあったか、知らないのです。これが崩れた時に何が起こるか気づいていなかったから、あんな乱暴な規制緩和を平気でやった。

一緒に「子どもを育てる」という関係が保育園での数年間で信頼を育て、幼児の親という、親として初心者に近い人たちの親身な相談相手に、どれほど多くの保育士たちがなってきたか。政府の経済施策を忖度し、無資格者が増えるような規制緩和を進める「専門家」たちは知らない。保育指針に新たに「教育」という言葉を入れれば何とかなると思っているような人たちには、保育現場のことはわからない。

「保育は成長産業」という閣議決定で、保育界に市場原理を持ち込まれ、一緒に育てるという「育ちあいの場」が社会から奪われていった。サービス産業化して誰かが儲けようと考える、親を指導するというより、親のニーズに応える方に走る。そうしてしまったことのツケが、将来この国をどれほど苦しめるか政治家たちが想像しない。

保育士たちが親に対して意見をしない、口を閉ざしてしまうような市場原理化を進めておいて、幼児が犠牲になる事件が起こると、すでに人材的に機能不全に陥っている児相や警察に責任をかぶせる。その一方で「就学前児童の養護施設入所原則停止」で最後の安全ネットを取り外し、保育界にその役割を押し付ける。表向きには里親を増やし「家庭に近い環境」で、というのだが、それなら11時間保育を「標準」と決めるのはおかしい。

子育てに関わる施策が悪循環、支離滅裂になっている。

15時間かけて、保育士たちに、貴方たちの持つ疑問や苛立ちこそが当たり前で、誰かが幼児の立場に立っていないといけない。幼児の笑顔を優先に人生を過ごしていれば、それは親たちに通じるはずです。幼児を育てている親たちは特別で、感性が開いている時。幸せになる道筋に気づこうとしている、何か一番大切なことを学ぼうとしている時です。園で、いくつかの行事を組み合わせれば、幼児たちが必ず、見事に親たちを育ててくれます、と伝えました。

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「先生は三歳神話を肯定してくださいました。久々にスッキリしました」というメールが届きました。

私の音も、ネット上でまだ鳴っている、映像もついている・ETHIOPIA Joni Mitchell

ETHIOPIA Joni Mitchell
https://www.youtube.com/watch?v=Tp4xv8S0jYk

It was great pleasure to work with Joni Mitchell!
And the sound is still alive on Internet.
Thank you Joni. Kazu

ジョニ・ミッチェルのアルバムDog Eat Dogで演奏してから30年以上になります。ネット上でまだ鳴っている、映像もついている、嬉しくなります。

まだ、世界の情勢は変わらない。

「義務教育の根幹が、保育施策によって揺らいでいる」

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「義務教育の根幹が、保育施策によって揺らいでいる」

 去年国が待機児童対策として始めた「企業主導型保育園」をネット上で検索すると、以下のような検索結果が出てきます。

最初の二つは、「この新たな仕組み」をビジネスチャンスとして奨励するコンサルタント会社の宣伝で、その次が、この仕組みを進めるために政府が作った公益財団法人「児童育成協会」の周知願い。たった一年しか経っていないのに、すでにかなり後手に回った「整備着手はお控えいただき」という告知です。

曰く、「新規助成の申請を検討している事業者様におかれましては、新たな実施方針、募集時期等の内容を十分にご確認いただきますようお願いします。特に、施設整備費助成金の申請を検討されている事業者様におかれましては、整備着手(契約や工事等)はお控えいただき、着手時期等について、今後、新たに作成する実施方針を十分にご確認いただきますようお願いします」

国は、この財団を作ることによって、自治体の権限を飛び越えてこの形の保育園が認可され、補助も直接受け取れるようにした。自治体の意思や、それぞれの実情を飛び越して、政府が首相の「あと30万人、保育の受け皿をつくれ」という施策を実現できるように画策した。

(こうした新しい制度をビジネスチャンスとして宣伝するコンサルタント会社に勧められ、起業した人からの相談を数年前にブログに書きました。http://www.luci.jp/diary2/?p=269。また、同じことを繰り返している。)

あとの三つは、すでに1年目で「企業主導型保育園」は「子どもを安心して預けられる仕組み」としては体をなしていないという報道です。忘れてはならないのは、こうした報道の向こうに幼児たちの日々の生活が存在する、すでに存在したということ。

記事を見れば明らかですが、保育の現場とその意味を知らない「専門家」や政治家たちがつくったたった一年で崩れかかる安易な仕組みが、逃げ場のない子どもたちの「人生」を混乱させ、保育士の奪い合いで保育界全体の質を落とし、保育所保育指針の「子ども優先」の精神を形骸化させている。そして、その結果、学校教育の現場を荒廃させる。こうした乱暴なやり方を見ていると、保幼小連携などという掛け声が、まったく無意味にさえ思える。

たった一年で少子化担当大臣が「質の確保、十分でなかった」と言い、報道で「助成金詐欺の闇」とまで指摘されるような仕組みを、「安易に、作るな!」と言いたい。幼児たちがそこで時間を過ごすことさえなければ、誰がどうやって儲けようと構いませんが、こういういい加減な施策が、いま保育関連の施策にあふれている

「保育は成長産業」という閣議決定が、日本の保育の形のみならず、義務教育を崩壊させようとしています。

義務教育で何を学ぶか、勉強ができるようになるか、そんなことは大したことではありません。勉強に向いている子もいれば、向いていない子もいる。しかし、学校で子どもたちが教師と「いい時間」を過ごすこと、友達と楽しく過ごすこと、(学校という形に向かない子もいますが、なるべく、嫌でない時間を過ごすこと)人生の相談相手を見つけること、そんなことの積み重ねがこの国の未来を形づくるのです。学校の安定が、先進国社会の安定には絶対不可欠なのです。

そのためにも、就学前の子どもたちの過ごした日々、親たちの子育てに喜びを感じる日々が、落ち着いた学校をつくりあげるという意識を持ってほしい。

その前提が、著しく崩れ始めている。義務教育の根幹といってもいい「子育てによって生まれる絆、善循環」がいま、政府の保育施策によって揺らいでいるのです。

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企業主導型保育事業

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内閣府から、今後の企業主導型保育事業の募集等についてのお知らせがありましたので、以下のとおり周知いたします。 〇 企業主導型保育事業については、 現在、「企業主導型保育事業の円滑な実施に向けた検討委員会」において、質の確保、  …

通知・様式ダウンロード · 制度紹介 · 助成金額1 · 制度概要

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企業主導型保育所、定員の40%に空き 内閣府が全1420施設を調査 …

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/hoiku/10733/

 待機児童対策として、政府が整備を進める「企業主導型保育所」の全1420施設の定員に占める利用児童の割合(充足率)が、平均で6割程度にとどまることが内閣府の調査で分かった。2016年度の制度開始以降、経営状態の悪化などで突然 …

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問題相次ぐ企業主導型保育所 「質の確保、十分でなかった」と少子化担当 …

https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/hoiku/9534/

政府が待機児童対策の切り札として導入した「企業主導型保育所」を巡り、各地で休園や定員割れなどのも問題が相次いでいることを受け、政府は17日、制度の課題を検証する有識者会議の初会合を内閣府で開いた。本年度中をめどに結論を …

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企業主導型保育所に巣食う「助成金詐欺」の闇 | 子育て | 東洋経済 …

https://toyokeizai.net › ライフ › 子育て

10月末、東京都世田谷区の企業主導型保育所「こどもの杜」で保育士が一斉退職し、 休園に追い込まれた。これを受けて、立憲民主党は11月13日、「子ども子育てプロジェクトチーム」会合を開いた。この会合に出席した…

全国で相次ぐ「保育士大量退職」:保育のサービス産業化は義務教育とは相容れない

(こんな報道がありました。)

全国で相次ぐ「保育士大量退職」 園新設に供給追い付かず…「取り合いみたいな状況」運営会社も苦渋:https://www.j-cast.com/2019/03/30353581.html?p=all:

 ここ数年、こうした状況が続いています。ある程度歴史のある認可保育園がハローワークに求人を出して一人も応募がない、そんな話を全国で耳にするようになってすでに十年以上になります。政府の待機児童対策の結果、保育士不足はますますひどくなり、保育という仕組み崩壊が間近に迫って、やっとマスコミが保育のあり方、質について警告的に報道し始めています。遅すぎる、と思います。当事者が幼児たちという認識がないからこうなる。いまだに、当事者は親たち、親たちの必要性が第一だと見なす報道が多すぎるのです。

政府が、幼児の願いを優先しない、ここまでくると、幼児たちの暮らしの安全性を考えない、と言ってもいい。そして、現場には実行不可能な施策を「雇用労働施策」「生産性革命と人づくり革命」「新しい経済政策パッケージ」と言って保育界に押しつければ、保育士たちも「子どもの最善の利益を優先する」という保育所保育指針の原則に背を向けるようになる。「保育士大量退職」は、担当し日々暮らしている幼児たちに背を向けるということ。保育者たちにとっても、保育がただの「仕事」になりつつある、ということなのです。

それに加えて、自分たちが一生懸命保育をするほど、親たちも「子どもの願い」を優先しなくなっていく気がするのです。「なんで『慣らし保育』をしなければいけないのか。なぜ初めから11時間預かってくれないのか」と気色ばむ親まで現れる。親たちが、保育という仕組みに慣れることによって、子どもの「気持ち」「願い」に気付かなくなってくる。自分たちがいることによって、生涯にわたって子どもを支えていくべき親子の愛着関係が薄れていく。それで、子どもたちの幸せが保てるのか、どんどん大人優先の社会になっていくのではないか、そんな疑問を心ある保育士たちは抱いているのです。この疑問はすでにエンゼルプランあたりから、保育界には歴然とある。

幼児たちの存在意義が薄れることによって、社会全体から「利他」の幸福感が消えていきます。モラル・秩序が保てなくなってくる。「道徳教育」などではもう誤魔化せないのです。

この報道にあるような出来事が、全国で、保育園だけでなく幼稚園でも起こっています。園長・設置者が保育者の動向に怯えている。

「保育は成長産業」というとんでもない閣議決定がつくりだした小規模保育や企業主導型保育、学校教育の崩壊に乗じた放課後等デイサービスなどの現場でも、報道されていないだけで、子どもに理不尽な短期的な人員の変動が日常茶飯事になってきています。安定した一定の愛着関係を、誰とも築けない子どもが増えている。1歳児で噛み付く子が増えている。4、5歳で暴れる子が増えている。

それが直接、小一プロブレム、学級崩壊、教師の早期退職、いじめや不登校につながっていくのです。もう明らかでしょう、保育のサービス産業化は義務教育とは相容れないのです。このままでは、遅かれ早かれ、学校許育が修復不可能になっていく。(「保育士にしつけられた子どもは、4、5年生でキレる。その時に親子関係が育っていないと、糸の切れた凧のように中学、高校へ進んで行く」そんなことを私に言う園長がいました。)

動機の良くない「経済競争を扇動する」仕組みが、福祉という「弱者を救済」する仕組みの本来の目的を見失わせています。同時に人間本来の生きる動機をも見えにくくしている。

この記事にある、苦渋している「運営会社」はもともと利益を目的としている。会社ですから。子ども優先ではなく、親へのサービスが優先になる。(保育士も、子ども優先ではなく、自分優先になってきても不思議ではない。)

毎日子どもたちの表情を見ている保育士たちが、経営方針と子どもたちの願いとの板挟みになって、「保育士やめるか、良心捨てるか」という状況に追い込まれています。「運営会社」と現場の保育者の、「子育て」に対する動機、意識が違いすぎるのです。だから「保育士大量退職」などが全国に広がっていくのです。ごく自然な流れでしょう。そして、この自然な流れに、やがていい保育園が巻き込まれ、いい保育園をやっていた園長たちが呑み込まれていく。そうした「市場原理」の負の部分を行政も保育の専門家も理解していない。

資格を持っていれば保育ができると思っている経済学者や社会学者は、もうこれ以上、子育てに関わる施策に口を出してはいけない、と思います。

(以下は、内閣府で先日私が「保育の無償化」について参考人をした時の記録です。)

第198回国会 内閣委員会 第9号(平成31年3月27日(水曜日))

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000219820190327009.htm

内閣提出、子ども・子育て支援法の一部を改正する法律案を議題といたします。

本日は、本案審査のため、参考人として、中京大学現代社会学部教授松田茂樹君、元埼玉県教育委員会委員長・元埼玉県児童福祉審議会委員松居和君、社会福祉法人桑の実会理事長桑原哲也君、弁護士・社会福祉士・保育士寺町東子君、以上四名の方々から御意見を承ることにいたしております。……。

(動画)

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=48872&media_type=

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衆議院の委員会室で意見を述べながら、思いました。

目の前にいる40名ほどの国会議員の人たち、専門学校の保育科を受験すればたぶん全員合格、入学し、二年後には保育資格をとることができるでしょう。国家試験で一発合格できる人もいるはず。でも、その中に何人、他人の三歳児を20人、8時間、「保育」できる人間がいるか。たぶん数人でしかないはず。私には、できない。

保育は子育てです。しかも他人の子どもを複数、油断なく、心を込めて可愛がること。幸せそうに。

商品と顧客を管理すればいいコンビニの店員とはちがいます。生きる動機、天性の資質を問われる、不思議な役割です。

そのことを理解しない人たちが、「資格」という言葉で現場の実態を誤魔化しながら、経済政策パッケージの一部として「子育て安心プラン」という子どもたちを不安にし義務教育を成り立たせなくするような政策を作っている。無償化などと言って、子育てを親から切り離そうとする。だから、すでに現場からこれほど背を向けられているのです。

「子育ての無償化」は、人間社会から生きる動機、絆の中心となる「責任」を奪っていく。

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(参考までに)

「新しい経済政策パッケージ」:『待機児童を解消するため、「子育て安心プラン」 を前倒しし、2020 年度までに 32 万人分の保育の受け皿整備を着実に進め・・・』http://www.luci.jp/diary2/?p=2498